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尾池のブルーマンデー憂さ晴らし

ヴァイオリニスト 尾池亜美

第74回 「必要以上に苦しむな」

こんにちは! 憂さ晴らしのお時間です。
始まりました、新学年・新学期。クレス師匠のレッスン初日は、クラスのうち数人が個人レッスンを受けた後に、集まって集中講座が。
 
「君たちの段階ではより集中したテクニックの練習が必要だと思う。イマジネーションと、集中力を持って、楽しみながら取り組もう」
 
全員で7,8人、年齢幅もおよそ7,8歳の小さなクラス全員に、先生は一日1時間の基礎練習、1時間の練習曲またはカプリス、そしてあとは自由にやるように、との指示を出しました。
 
時間だけ見ると苦行のようだけど、彼が語る基礎練習は文字とおり想像力にあふれていて、創造性も有り、自然と手指が柔軟になっていくもの。
 
なかでも目からうろこだったのは、難しいところを、半音ずつずらしながら、いろいろな調で弾く、というもの。
 
前からシベリウスの1楽章の再現部で、間奏直前のオクターヴの駆け上がりの音程に苦労していたのですが、その「♪レファシ♭ド!♪」の駆け上がりを、半音下げで「ド#ミラシ」、更に下げて「ドミ♭ラ♭シ♭」更には「シレソラ」と可能な限り上げ下げします。こうすると、弾いたことない調で新鮮さを感じながら練習している間に、駆け上がる音程幅に慣れることができます。手の感覚でも慣れるし、意識上も音程の幅を正確に理解できるのです。
 
そうやって想像力をもちながら(時には、弾いてる間じゅうあれこれ考えてるだけ。これはもともと得意。)練習してたら、この駆け上がりの「レファシ♭ド」が、あるJ-POPの曲に思えて仕方なくなりました。
 
https://www.youtube.com/watch?v=7-xChqpitwQ
 
Misia 「忘れない日々」
 
この曲のサビに注目です。
第一最初のメロディからほぼ同じメロディなのですが、サビの「わすれな〜いで〜♪」が「レファシ♭ド〜レシ♭〜」なんです。
 
「あ! これをシベリウスと同じ高さで練習したら、きっといい練習になる!!!」と、大好きなこの歌をオクターヴで弾きまくる。
これは中学校のころかなあ、大好きでよく聞いてた・・・そうです、こういう好きな歌を練習に当てはめても良いわけです。音楽に国境もなにもありません。だいいち世界中の作曲家は世界中のいろんな曲や民族音楽からメロディを貰っているのです。
 
と、フルコーラス、ひとしきり青春を思い返しながら練習して、シベリウスをやってみたら、、、どうでしょう。ここで「ホーラカンタン!!!」なんて言ったらだいぶ胡散臭いセールスみたいなので、「前よりはマシ!」というコメントにとどめておきますが、楽しい思いをしながらマシに弾けるようになるなんて、ちょっとお得どころか、時間も気分も一石二鳥です。
 
最近日本の運動部の「苦労」が「実力につながらない」などという記事を、よく目にする気がします。苦しみや労き(いたづき)ばかりに身をおいていると、生産的で前向きな発想は出てこないと思います。練習するときに苦しまなくても、人生苦しいことはたくさんあります。
クレス先生の口癖は「必要以上に苦しむな」。私も練習するときは、引き篭もっているからといって決して苦行とは思いません。
 
修行僧だって、苦しいだけだったら修行しないと思うし、その先に今まで自分になかった「発見するよろこび」があるから、僧になるのだとおもいます。子どもがいつもあんなに楽しそうにしているのは、全てが新しい発見だからかな、とも思います。大学生だって社会人だって、リタイアしたっていろんなこと発見して楽しんでもいいはず。そして、発見する喜びって、自分の頭や身体しか使わないから、実に安上がりですし。(笑)
 
発見がいつも社会的価値、地位や人気を生み出すかと言ったらそれは違う。でも案外、人に認められるたぐいの業績や資格なんかと関係ないところでこねくり回している方が、案外気楽で楽しいし、それがあとあと自分に大いに役立ったりもするもんです。
 
そうやって「発見する喜び」を伝えられる人になれたらいいな――いまのクレス師匠の背中を観ながら、そんなふうに思います。
 
それでは、今週はこの辺で。よい一週間を!

© 2014 by アッコルド出版

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