変な夢を見た。
小さなコンサートホールの客席に座っている。
舞台では、ストラヴィンスキーの《兵士の物語》を上演中。
その面白さに、すっかり惹きこまれていると、
突然、薄黒い靄が会場に垂れ込め、強烈な異臭が漂い始めた。
悪魔役の役者が何かに取り憑かれたように、台本にない台詞を叫ぶ。
「さあ、兵士よ。ここにいる誰か一人を生贄として差し出せ。
 でなければ、全員を殺してやる。一人選べば、残りの人間は助けてやろう。
 さあ、誰を選ぶ?」
 
―《兵士の物語 L’histoire du soldat》
ストラヴィンスキー(1882-1971)作曲、ラミュCharles Ferdinand Ramuz(1878‐1947)台本による音楽劇(1918)。新古典主義時代の代表的な作品。〈読まれ、演じられ、踊られるà réciter, jouer et danser〉という副題をもつこの作品は、第一次世界大戦末期という時代を反映し、小規模編成用に書かれている。物語はロシアの伝説によるもので、休暇をもらって帰省中の兵士が悪魔に丸め込まれ、『富を得る(未来のことが分かる)本』と引換えにヴァイオリンを渡してしまうところから始まる。
 
どうも、昔観た映画、最近読んだ推理小説、
そして、昨晩、寝る前に読んだオーケストラ史の本などが、
頭の中で、ミックスされてしまったらしい。
 
事態を掴めぬまま、返答に苦慮し、オロオロする兵士役の役者に、
なぜか柿を食べながら、「さあ、選べ!」と迫る悪魔。
事の成り行きを固唾を呑んで見守る、その場にいるすべての人々。
「さあ!」。歪んだ笑みを浮かべ、踊り出す悪魔。「さあ!さあ!」
こじ開けるように口を開き、青年は答えを絞り出す。―「ならば、指揮者を」
 
指揮者のみなさん、お許しを。
決して「指揮者は必要ない」と思っている訳ではありません。
本当です。指揮者は、絶対に必要です。ええ…。多分…。
 
 
音楽鑑賞会ということで、ある小学校に演奏に行った時のことだ。
午後の部を控え、昼食が用意してあるという部屋に行くと、
お弁当の他に、美味しそうな野沢菜漬けがお皿に山盛りになっている。
「子供たちが、みなさんのためにと作ったんです」と、先生が。
美味しかった。嬉しかった。「すごいね~」「美味しいよ!」
手伝いに来ていた子供たちの、恥ずかしそうな笑顔を覚えている。
 
和んだ雰囲気の中、一人の男の子が寄ってきて、
「ボク、指揮者になりたいんです」と言う。
隣にいた彼の友達が、不思議そうに聞く。
 
「指揮者って、何するの?」
「棒を振るんだよ。そうしたら、オーケストラからドッカ~ンって音が出るんだ」
「へえ、そうなんだぁ」
「見れば分かるよ。カッコいいんだぜ!」
 
それを横で聞いていた某指揮者、力が入らないはずがない。
午後の部は、いつになく、気迫のこもった演奏になる。
そうして、よくある視聴者参加型『指揮者コーナー』。あ、あのボクだ。
指揮者になりたいというだけあって、なかなか上手。
出だしこそ少し乱れたが、ベートーヴェンの《運命》一楽章冒頭を振り切る。
大きな拍手。彼の顔に浮かぶ満面の笑み。
 
帰りのバスを見送りに来た、その彼と友人。
「ありがとうございました! ボク、やっぱり指揮者になります!」
顔を真っ赤にしながら、指揮者に感謝と決意を述べる彼。
「がんばれよ」「がんばってね」「待ってるよ~」
 
彼の友だちもニコニコしながら言う。
「ぼくも、すっごく感動しました。
 指揮者さんもカッコよかったし、それに、
 オーケストラって、誰が振っても同じ演奏ができるんですね!
 ホント、すごかったです!」
 
…え? …え?? 
固まった指揮者と、どうフォローするか悩む団員を乗せて、
バスは出発した。
 
 
「合奏というものが起り、それが次第に多人数になってきた時、演奏者たちは『音出し』のきっかけを何らかの手段で与えられることを必要とするようになった。そこで初めは、演奏者の中から、ある特定の人が必要に応じて、その都度、全員に合図するという方法をとっていた。(その後に)演奏中のTempoの乱れを防ぐことを考えるようになり、何か固いものを叩くことによって、Tempoの指示をも与えるようになった」~『指揮法教程』斎藤秀雄著
 
それにしても、本当に「叩いて」いたのか?と思う。
指導の際、崩れそうになるテンポを保ってもらうべく、やむを得ず、
鉛筆で譜面台を叩いたりすることがある。それでさえ煩く、鬱陶しい。
実際の演奏会でそんなことをしていたなんて…。
 
「彼は装飾の施してある重い指揮棒で拍子を打った。楽器のたゆまない訓練とリズムの極度な正確さを強要する、軍隊式の指揮者であった」
これは、リュリのことである。彼は指揮棒として“杖”を使っていた。
 
―リュリ Jean-Baptiste Lully (1632-1687)
 イタリア人でフランス国籍を取得したフランス盛期バロック音楽の作曲家。
 ルイ14世の宮廷楽長および寵臣としてフランス貴族社会で権勢を誇った。
 
バッハ(1685-1750)についての記述ではこうだ。
「彼はときには40人にのぼる演奏家たちの、ある者にはうなずいて見せ、ある者には足を踏みならして見せ、またある者には脅かすような指で合図を送ってリズムや拍子を守らせるかと思えば、別のある者には音(高)の指示を自ら与えたりするのだ」
 
フランスで活躍した哲学者ルソー(1716-1778)の批評にはこうある。
「パリのオペラ座では、あの『拍子打ち』をする人が棒で立てる不愉快で絶え間ない音に、どれだけ多くの人が絶望していることか」
 
結果は当然こうなる。(前出『指揮法教程』より)
「しかし、実際に物を叩くことを行なうと、演奏中に絶えず雑音が混じるので、空間で叩く動作だけを見せることによって、同様の効果をあげる工夫が為されたのである。事実、指揮の基本的動作を示す言葉は、どこの国でも『叩く』という意味を以て表わしているのである」
 
そう考えると、指揮棒は適切な道具なのかもしれない。
いわゆる『打点』や『軌跡』も、素手よりは見えやすい。…そうか。
指揮棒を持たない指揮者は「叩く」行為からの決別宣言をしているのか。
指揮者は『拍子とり』ではないと、強く言いたくて。
 
 
合奏やオーケストラの歴史について書かれた文献を読んでいると、
ときどき、「何かが足りない」と感じることがある。
ある日、それが“指揮者”に関する記述だということに気付く。
わずかしか触れられていなかったり。別項目になっていたり。
 
オーケストラについて、その編成や楽曲、社会的意義の変化など、
それらが淡々と、でも、深く語られていく中で、
本によっては、17世紀のリュリの次に出てくる名が、
19世紀のハンス・フォン・ビューローだったりする。
 
―ビューロー Hans Guido Freiherr von Bülow (1830-1894)
 ドイツの指揮者、ピアニスト。“職業指揮者”の先駆的存在。
 彼が登場するまで、作曲家と演奏家の分業化は明確でなかった。
 
そんな風に、“指揮者”が扱われるなんて。
心にロックが掛かっていて、すんなり受け入れることができない。だって、
物心付いた頃には、トスカニーニやフェルトヴェングラーが家にいた。
学校に行けば、指揮者の先生方がいて、指揮科の友人がいて…。
 
まず、学ぶのだ。「指揮者は絶対なのだ」と。
どんなに指揮がひどくても、どんなに解釈が自分と違っても、
その通りに弾け、と。
 
『指揮者ありき』の時代に生きてきた。なのに。
 
指揮者が中心ではない時代を想う。その理由を考える。
指揮者の必要性、ということを。
いつも視界の斜め上方にいる、「彼」のことを。
 
 
指揮についての記述が、それなりの形を見せ始めるのは、
せいぜい中世辺りからである。そして、この頃の音楽の主会場、
教会などでの指揮は、音程差を示す役割が強かったようだ。
 
器楽合奏においては、奏者の一人が指揮の役割を担っていた。
奏者が増えると、しっかりした『拍子取り』が求められるようになる。
ポリフォニー全盛期、指揮者の必要性は確たるものになった。
 
まだまだ作曲者=指揮者の時代にあって、オーケストラが大規模化し、
楽曲が複雑になってくると、次第に指揮することが困難になってくる。
指揮が苦手な作曲者はこう思ったはずだ。…「誰か上手な人に任せたいなぁ」
 
また、過去の作曲家たちの素晴らしい作品を再演したい、
その演奏を聞きたいという欲求も高まる。そうして、
19世紀に入り、ようやく専門職としての“指揮者”が誕生。
 
同時代の有名作曲家たち、ウェーバー、メンデルスゾーン、
ベルリオーズ、ワーグナー、リストの理想を実現したと言われ、
指揮者を職業として確立させたと言われるビューロー。
 
「ビューローにとって指揮者とは、作品の解釈を行ない、演奏の技術的な面を監督し、作曲家の代理を務める存在だった。指揮者は、演奏における精神的な支柱となり、すべては指揮者を中心に整然と進んだ」
 
トスカニーニの生涯の目標は『真の意味での指揮者』になることだった。
20世紀前半を代表する指揮者と言われる彼でさえ、時に嘆いたという。
「この小さな棒切れめ!  心に感じていることを、こいつに、どうして表現できないんだ!」
 
―トスカニーニ Arturo Toscanini(1867-1957)
 毒舌家クレンペラーをして「指揮者の中の王」と言わしめたイタリア出身の名指揮者。
 
ところで、絶対に『指揮者』が必要な楽曲がある。
アルゼンチン生まれのドイツの作曲家マウリツィオ・カーゲル(1931~2008)という作曲家が書いた、《フィナーレ》という曲だ。
曲中にこういう指示がある。
「指揮者が突然のけいれんに見舞われたかのように硬直する。右の腕は上げられ、肩は盛り上がる。左手でネクタイを緩め、自分の胸のあたりを軽くさする。…譜面台をつかみ、…後ろの床に聴衆に頭を向けて倒れる。そのため譜面台は彼の上に引き倒される」
 
指揮者がいなければ楽曲が成り立たない=指揮者は絶対に必要だ。
それから?  指揮者が倒れた後はコンサートマスターがその代わりをする。
あれ?  やっぱり指揮者は必要ない?
 
 
さて、先の夢が少し気になって、調べてみたら、
「柿を食べる夢は良くなく、病気にかかります」
「柿の実の熟した夢は、水の事故に遭う事を知らせています」
 
なんてことだ!  このままではまずい。更に調べる。
「柿を食べる夢は、目の前にある問題から逃げることなく
 対処していこうとする前向きな気持ちをあらわしています」
「柿は予想外の幸運を意味します」
そうそう、こうでなくちゃ。
 
砂糖にとって代わられるまでは、日本人にとって、
干し柿と蜂蜜が数少ない甘味であり、貴重な甘味源でもあった。
学名にKAKIと記される。日本を代表する果物だ。
夢見て、悪い訳がない! 秋だし…。
 
そういえば、昔、『こけら落し(杮落し)』の「こけら」の部分を
「柿」という字だと思っていた。違った。
 
「柿(かき)」の旁は、「木部五画(旁が「亠+巾」)」なのに対し、
「杮(こけら)」の旁は、「木部四画(縦棒一本で貫く)」である。
 
―『こけら』=材木を削ったときに出る切り屑のこと。
 新築や改装工事の最後に屋根などの「こけら」を払い落としたことから、
 完成後の初めての興行を「こけら落とし」と言うようになった。
 
なるほど。
『棒』一本で貫け、と。
 
「リュリは、ルイ14世の病気快癒を祝うための《テ・デウム》の演奏中に、指揮棒として使っていた杖で誤って足を打ち、その傷から壊疽を起こして急死した」
足を貫ぬくなんて、それで死んじゃうなんて頂けない。指揮棒も選ばなくては。
 
NBCシンフォニーのあるヴァイオリニストがこう書いている。
「トスカニーニの指揮で演奏すると、自分が音楽家だという、特別の誇りと自覚を持つようになる。自分の仕事に格別の威厳と崇高なものが与えられたと感じる。彼のすぐれた点は、各奏者の深い感情の密室の扉を開かせ、秘められた才能を誘い出す不思議な能力を持っていることだろう」
 
久し振りに、オーケストラで弾いてみたくなった。

ヴァイオリン弾きの手帖

ヴァイオリニスト、ヴァイオリン教師 森元志乃

第82回 開け! 心の扉。

© 2014 by アッコルド出版