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去る9月12日から14日、名古屋の宗次ホールを舞台に、「第2回宗次ホール弦楽四重奏コンクール」が開催された。一昨年のほぼ同時期に開催された初回で隔年開催と予告された通り、無事に2度目の開催となったわけである。
 
世界に「コンクール」と名が付けられたイベントは無数に存在している。だが、この「コンクール」は際立って独特だ。応募条件は、実質的に「メンバー平均年齢35才以下」のみ。ただし、12日と13日の2日間に、3名の審査員からそれぞれ70分のレッスン(一部は公開マスタークラス)を受講せねばならない。イベント3日目となる14日は所謂「コンクール」となり、マスタークラス参加団体がハイドン1曲と自由曲総計45分の演奏をステージで行ない、3名の審査員の協議により結果が下される。コンクールのみの参加は許されていない。
 
このように記すと、当媒体読者の多くは、世界各地の夏季室内楽セミナーなどで屡々行われるセミナー最終日の結果発表演奏会を思い出されるのではなかろうか。正直なところ、筆者も2年前の第1回の開催前には、そのようなセミナーを名古屋の地で集中的に行ない、成果を発表し、講師陣が参加団体の進捗度を評価するイベントなのであろうと思っていた。
 
前回に引き続き今回も審査員を務めた原田禎夫氏は、審査を終えたばかりの控え室でこう語ってくれた。「(参加者を)見ると言っても、全楽章を見るわけじゃない。時間からして1楽章くらいしか見られない。だから、弦楽四重奏の奏法みたいなものの、ヒントを与えるくらいで終わってしまう。」
 
東京Q脱退後、世界中の音楽学校やマスタークラスで様々なレベルの弦楽四重奏を見てきている原田とすれば、この時間で何がやれるか、よく判っている。「何かを感じてくれれば良い。前回と同じ人も来てるし、メンバーが代わったところもあるけれど、やはり成長というのは見られるから、凄く面白かった。」(原田)
 
参加する若い弦楽器奏者側からすれば、このコンクールの最大の利点は、クァトロ・ピアチェーリで現役として活動する百武由紀ばかりか、東京Q創設メンバー原田禎夫、プラジャークQの第1ヴァイオリンを弾いたヴァーツラフ・レメシュの3人が審査員となることに尽きよう。原田はあの伝説の第1回ボルチアーニ・コンクールのスキャンダルの渦中に審査員としていたわけだし、前々回のバンフ大会にも審査員として参加。レメシュにしても、前回のボルドー大会にプラジャークQ団員として審査員を務めている。共にメイジャー国際大会の審査委員長を務められる重鎮だ。小規模な国内ローカル大会の審査員団としては、些かアンバランスな程豪華な顔ぶれである。日本各地で弦楽四重奏に取り組む若者達とすれば、こんな名人に短い時間たりとも直接教えを請うことが出来るチャンスは、コンクールとしての結果や賞金よりも遥かに魅力的であろう。
 
 
14日日曜日午前11時から始まったコンクール、参加は7団体。名古屋や中部圏を拠点とするのは3団体のみで、残りは首都圏ベース、参加を辞退した団体は京都が本拠地のようだった。規模からすれば、中京圏ローカル大会というより、若手国内大会の位置付けである。国際メイジャー大会の大阪は別として、きちんとした国内大会がほぼ皆無な日本の室内楽界とすれば、宗次ホールがこのような場所を提供してくれるのは極めて有り難いことだ。
 
このイベントでまず何よりも驚いたのは、その聴衆の数である。午前11時のコンクール開始時点で、客席を80名弱が埋める。2階は審査員スペースとして封鎖されているので、最前列に陣取る熱心なファンの熱気が1階客席を包み込む勢い。正直、大阪国際室内楽コンクール第1部門の予選よりも聴衆の数は多く、無料で公開されるボルチアーニ・コンクールやロンドン・コンクール予選にも匹敵する集客数だ。ましてや2000円の有料入場券は、無料公開が殆どのヨーロッパのコンクールどころか、大阪大会よりも高額なのである。スタジオ・ルンデの遺産を引き継ぐように、音楽業界の常識から考えれば無茶とも言える数の室内楽公演を主催し続ける宗次ホールだからこその、この盛り上がりなのだろう。
 
考えてみたら、日本の室内楽コンクールで「聴衆賞」を用意しているのはこの大会のみではなかろうか。聴衆賞審査に参加するには、11時から午後6時までの全セッションを聴く必要があるとなれば、朝から熱心なファンが詰めかけるのは当然なのかも。そればかりか、聴衆にはそれぞれの団体名の下に「ここが良かった」「ここがもう一歩」と記されたコメント欄が配される「メッセージ用紙」が渡され、聴衆の感想がダイレクトに参加者に伝えられるようになっていた。このような用紙を配ってもホントに書き込む人などいるのか、正直言って、筆者には些か懐疑的であった。ところが驚くなかれ、かなりの数の聴衆が演奏が終わるたび、熱心に書き込んでいるのである。ホールのスタッフ曰く、「このコンクールには評論家がたくさん出現するんですよ(笑)。」宗次ホールの聴衆、畏るべし。
 
このコンクールの特徴は、演目にもある。ハイドンは1曲全曲の演奏が必須で、もう1曲は参加団体の自由な選択に任されているのだ。ただし演奏時間は45分以内とされるため、自由曲にロマン派の大作を選んだ場合は楽章を抜粋せねばならない。ハイドンで弦楽四重奏演奏の基本を確認し、自由曲で自分らの個性をアピールさせるなど、いかにも弦楽四重奏演奏を知り抜いた審査員団らしい。結果発表後の講評で原田禎夫氏が残したハイドンについてのコメントを、ほぼそのまま記しておこう。
 
「ハイドンというのは弦楽四重奏の土台。ハイドンはヴィオラとチェロはつまらない、という生徒もいましたけど(笑)、それが土台になり、どういう弾き方をしないといけないか、弦楽四重奏の基礎が全部入っている。80曲くらいの作品のひとつひとつのアイデアが全部違い、それが作曲家のイマジネーション。皆さんにやって貰いたいのは、イマジネーションを作ること。今の時代、イマジネーションを作るのは凄く難しいと思います。コンピューターやって、YouTube視て、そういうところからのインフォメーションが、凄く多いでしょう。でもやはり、こういうところでこういう色とか、こういう情景とか、そんな自分のイマジネーションがとても大事だと思うのです。これからもハイドンは続けて欲しい。あまり大きな声で言えないけど、僕たちも東京Qをやっていた頃は、酒を飲みながらハイドンの楽譜を読んでいってね(笑)、そうすると、その中にいろんなものが詰まっているんですよ。ベートーヴェン、シューマン、ブラームス、みんなハイドンから盗んでる。だから、室内楽が好きだったら、ハイドンに一生懸命取り組んで欲しい。チェロだったら八分音符の弾き方、ヴィオラだったら内声でセカンドと一緒にどういうハーモニーを作るか。第1ヴァイオリンにはある意味の自由さ。そんないろいろな要素が入っている。」(原田)
 
 
さて、コンクールである以上は、結果に触れずに稿を終えるわけにもいくまい。結果順に参加団体についてコメントしておこう。なお、原田審査委員に拠れば、審査の方針は以下。「2日間のうちで先生に言われたことを、取り入れてやった団体とそうでない団体は、多分、あると思う。でも、コンクールでそれを評価するわけではない。評価はホントに、演奏です。彼らは2曲の4楽章をちゃんと弾く。それはもう、どのコンクールとも同じ。ちゃんと用意して来なければならない。(教えたことを)どういう風にするか、どれくらいのキャパシティがあるか、それが見られるのは、僕たちとすれば面白い。ただ、それが採点にはなりません。」(原田)
 
優勝のみならず、聴衆賞とハイドン賞も獲得したのは、東京拠点のThe Bistro W(桜田 悟Vn、西浦詩織Vn、野中友多佳Va、森 義丸Vc)であった。この結果に関しては、恐らく誰も異議を唱える者はおるまい。2年前の第1回にも参加したこの団体、前回はマスタークラスの一部のみでコンクールを聴けなかった筆者だが、既に自由曲に関してはハッキリした個性の確立は感じられたものだった。今回もコルンゴルト第2番という些か特殊な演目を取り上げ、第2楽章や第4楽章では曲のキャラクターが完全に手に入った、今大会参加者の中で唯一とも言える「商売になる」演奏を聴かせてくれた。「2年前にこのコンクールに参加して下さったときに申し上げたアイデアが、今日のコルンゴルトにちゃんと生きてました。」(レメシュ)
 
問題はハイドンだ。作品33の4という興味深い選択で、第1楽章のテーマからハッキリしたアクセントを付け、フレーズの中そのものに対話があることを強調するかのような音楽を披露する。第2、3楽章も、所謂「古楽系」のアプローチとも異なる、ハイドンの枠を越えるギリギリまで踏み込んだ強い表現が成される。参加団体の中にあって最も意識的な、悪く言えばちょっとやり過ぎな音楽を、果たして審査員団がどう評価するか、大いに興味深かった。結果からすれば、この作品をマスタークラスで教えたレメシュ審査委員にしても、「これもあり」ということだったのであろう。無論、まだまだ意欲先行。音楽の全てに充分な説得力があったとは言えぬものの、コンクールという場でこれをやる度胸たるやプロと褒めてしかるべし。
 
片仮名で表記するとザ・ビストロ・ダブリューなるこの団体、通常は弦楽六重奏をベースで活動しているとのこと。弦楽四重奏に収まらぬ弦楽合奏を同じメンバーで追求する意欲、大いに買いたいところだ。10月には都内でもライヴがあるとのこと、ご関心の向きは、公式ホームページをご覧あれ。弦楽器を抱えた今時の若者がそこにいる。
http://the-bistro-w1122.jimdo.com/
 
第2位となったカルテット・カプリス(田中李々Vn、齋藤澪緒Vn、七澤達哉Va、森田叡治Vc)は、この春から活動を始めた東京藝大の学生から成る団体。ハイドンは作品71の2を選択、完全にモダンなアプローチで基礎をしっかり学ぶ意欲を示す。対話的な部分と和声的な部分の対比、第3楽章でのメヌエットとトリオの曲想変化、フィナーレのアレグレットという指示をどう捉えるかなど、学ぶべき課題をしっかり見据えている点は評価されるべきだろう。自由曲で選んだレスピーギは、フレーズの作り方が難しい音楽をしっかり纏めようとしていた。百武審査員が講評で「私もやろうと楽譜を読んだけれどやらなかった曲があって、興味深かった」と語ったのはこの曲なのか、それともコルンゴルトかしら。
 
第3位のココットQ(平光真彌Vn、久米浩介Vn、新谷 歌Va、荒井結子Vc)は名古屋の団体。前大会優勝のアトムQが、メンバーの一部の海外留学の為に活動を停止、ハンブルグで学び帰国、福井を拠点に活動を始めているチェロの逸材、荒井結子らを加えて再出発したばかりの団体である。ハイドンの《騎士》ではまだまだ細部のアンサンブルに詰めが必要な部分もあるが、団としてのポテンシャルは非常に高そう。自由曲のコダーイ第2番第2楽章でのチェロ独奏など、大いに魅力的であった。中京圏で恒常的な活動を続けるのは様々な困難があろうが、是非とも続けて欲しい団体である。
 
審査員特別賞はクランタンツQ(池中建介Vn、園 諭美Vn、大石真由実Va、浦田裕介Vc)に与えられた。この団体、なんと名古屋市内の鶴舞に練習場をかまえたお医者さんなどが結成するアマチュアである。そもそも「コンクール」にプロに混じってアマチュアが参加することそのものがビックリだが、これこそ正に宗次ホールコンクールのあるべき姿のひとつ。特別賞が授与されてしかるべきであろう。
 
なお、宗次ホールの名物オーナーで、音楽への様々な貢献でも知られる宗次德二氏が選ぶ宗次賞は、「音楽はみんなが優勝」とコメントを付けつつ、東京藝大出身のビーネンQ(市川友佳子Vn、加藤小百合Vn、橋本恵美Va、印田陽介Vc)に与えられた。
 
かくて3日間のセッションの幕を閉じた第2回宗次コンクール、日本を代表する弦楽四重奏の国内コンクールに育って欲しいものである。

名古屋の中心部、栄の繁華街ど真ん中にある宗次ホールは、今、日本で最も勢いのある小規模室内楽専用ホールだ。

第64回

第2回宗次ホール弦楽四重奏コンクール

電網庵からの眺望

音楽ジャーナリスト渡辺 和

© 2014 by アッコルド出版

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