国際的なキャリアを積む
日本人演奏家が
珍しくなくなった今、
海外オーケストラにおいても、
重要なポジションに就く日本人の方は
確実に増えているようだ。
 
パリの主流オーケストラでは、現在三人の日本人の方が
「副コンサートマスター」として活躍中である。
 
オーケストラという集団の中で、
「副コンマス」の役目は実に多角的である。
演奏家としての卓越した才能もさることながら、
指揮者やコンサートマスターのサポート力、
団員との円滑なコミュニケーション力、
それに加えて「縁の下の力持ち」的な懐の深さ、
ブレのない人間性も大きく問われるのではないか。
 
このように海外の一流オーケストラが
日本人に重要なポジションを託し、
緻密さや几帳面さ、
また「察しの心」といった日本人独特の長所を
頼りにしていることは、
音楽界のポジティブなグローバリゼーション
といえるのかもしれない。
 
所属オーケストラから絶大な信頼を寄せられている
三人の日本人副コンマスより、
それぞれの音楽観を伺った。 
(三連載)

第3回

パリ・オペラ座管弦楽団(パリ国立歌劇場管弦楽団)

 (Orchestre de l'Opéra national de Paris)  

第二ソリスト

阿藤果林さん

インタヴュアー:船越清佳

(ふなこし さやか・ピアニスト・パリ在住)

阿藤 果林  karin ato 

 

3歳でヴァイオリンを始め、久保陽子、小国英樹の両氏に師事。

 

第39回全日本学生音楽コンクール小学校部門2位。第45回全日本学生音楽コンクール高校部門東日本大会1位。

 

東京音楽大学付属高校在学中に第61回日本音楽コンクール入賞。

 

米国のジュリアード音楽院においてドロシー・ディレイ、川崎雅夫の両氏に師事。

 

その後リヨン国立音楽院においてジョン・エストーネ、森悠子の両氏に師事。

 

同音楽院をヴァイオリン、室内楽共に首席で卒業後、パリ国立高等音楽院第3課程(大学院)でジェラール・プーレ氏に師事。

 

その間、ヘルマン・クレバース、イゴール・オージム、ヤイール・クレス、ザハール・ブロン、ジャック・ゲーテム各氏のマスタークラスに参加。

 

ニコロ・パガニーニ国際コンクール第3位。エルネスト・ショーソン国際コンクール優勝。マルクノイキルヘン国際コンクール第6位。

 

フランス国立放送交響楽団を経て、2003年、パリオペラ座管弦楽団のコンサートマスターに就任し、現在に至る。

 

フランスを中心に室内楽などでコンサート活動をする傍ら、後進の指導にも力を入れている。

船越清佳 Sayaka   Funakoshi                

ピアニスト。岡山市生まれ。京都市立堀川高校音楽科(現 京都堀川音楽高校)卒業後渡仏。リヨン国立高等音楽院卒。在学中より演奏活動を始め、ヨーロッパ、日本を中心としたソロ・リサイタル、オーケストラとの共演の他、室内楽、器楽声楽伴奏、CD録音、また楽譜改訂、音楽誌への執筆においても幅広く活動。フランスではパリ地方の市立音楽院にて後進の指導にも力を注いでおり、多くのコンクール受賞者を出している。


日本ではCDがオクタヴィアレコード(エクストン)より3枚リリースされている。


フランスと日本、それぞれの長所を融合する指導法を紹介した著書「ピアノ嫌いにさせないレッスン」(ヤマハミュージックメディア)も好評発売中。

〈3回シリーズ〉

パリで活躍する日本の「副コンマス」たち

INDEX

ルイ14世の時代からのオーケストラ

 
船越
パリ・オペラ座管弦楽団(パリ国立歌劇場管弦楽団)の特色を。オペラ座管弦楽団はフランスで最も古い歴史を誇るオーケストラですよね。
 
阿藤
オペラ座のオーケストラはルイ14世の時代から300年以上の歴史を持つオーケストラで、時代とともに名称、活躍場所も少しずつ変わっています。
 
1875年からは有名なオペラ ・ガルニエで、1989年からはオペラ・バスティーユと両方で演奏を行なっています。
 
初めてのオペラ・ガルニエの公演のときは、本当に感慨深かったですね。
 
ガルニエでは楽器の生の音が直接響く感じがします。舞台の床板や磨り減った木の階段、また何代ものコンマスが使って黄ばんだパート譜や、出席のサインをする場所に貼ってある昔の写真などからも、歴史を垣間見ることができます。
 
現在のパリ・オペラ座は、オーケストラ、コーラス、また舞台関係技術者など、1800人もの人々で成り立っている大規模な組織です。オーケストラの団員も180人前後、ふたつのオケに分かれて、演目によりバスティーユとガルニエで公演を行なっています。オケ合わせは、練習場のたくさんあるバスティーユのみで行ないます。
 
 

年間240回の公演

 
船越
阿藤さんは2003年から現在のポジションにいらっしゃいますが、以来オペラ座で世代交代みたいなものはありましたか?
 
阿藤
ジェネレーション的には随分と若年化してきました。コンセルバトワールを卒業しないうちに入る人もいます。
 
また親子でオペラ座の団員というケースもよくありますね。日本では考えられないことかもしれませんが、おじいさんの代から三世代続いてオペラ座の団員という音楽家ファミリーもいます。これも歴史を感じさせる一面です。
 
最近では外国人の団員も増えてきました。といっても一割弱ですが。今日本人は4人、ヴァイオリンに私を入れて3人、オーボエに1人在籍しています。
 
そして女性化という面でも発展がありました。今では弦楽器はほぼ半数が女性ですが、以前オペラ座は完全に男社会でした。ハーピストだけが女性で……ウィーン・フィルみたいでしょう? 1989年までオペラ・ガルニエの舞台裏には楽団員用の女性トイレがなかったほどなのです。 
 
船越
オペラと通常の管弦楽オケの相違点として、どのようなことがありますか?
 
阿藤
定期的に行なわれるシンフォニーコンサートを除いては、オペラ座のオーケストラは総合芸術の一部としての音楽担当という役割を果たしています。
 
そして、同じ演目を同じ舞台(オーケストラピット)で一ヶ月以上に渡って演奏することもオペラの特徴だと思います。
 
シンフォニーオーケストラなら、本番が週2回、演奏会自体は2時間というケースが通常ですから。
 
オペラ座は、年間約240回と公演数も多く、最多のときは週5回の演奏、それに公演時間も3時間あまりと長いですから。クリスマスや大晦日も公演がありますし……。
 
かつてオペラ座が男社会だったのも、極端な夜の生活が、家庭を持つ女性にとって厳しかったからではないかと思います。
 
今は働く女性の為の保育制度が整ってきていますが 、それでも公演が続くと子供との生活時間がずれるのできついですね。
 
船越
何日も同じ曲を演奏していると、新鮮な気持ちを保つのは難しいような気もするのですが。
 
阿藤
確かにマンネリを感じるときもないとはいえませんが、毎回変容する舞台芸術ならではの面白さがあります。
 
もちろん、どんな編成の演奏も10回すれば、各回が違ったものになるのですが、オペラはオケだけでなく、歌手、コーラス、照明技術者など多くの人が関わっている分、予期しないハプニングが起こる確率も大きいですから。
 
 

リハーサルより

3倍長く伸ばす心構えを

 
 
船越
オペラ座の副コンサートマスターとして、役割が他のオケのそれと異なる部分があると思われますか?
 
阿藤
やはり心がまえの面で少し違うのではと思います。
オペラ座での私のポジションは、正確には『副コンマス』ではなく『第二ソリスト』といいます。ソリストは第一から第三まで三人いて、ローテーションでコンマスを務めるシステムとなっています。第三の人がコンマスを務めることは非常に稀なので、出席のプログラムの半分は私がコンマスを務めています。
 
公演回数が多いので、自分が第二ソリストの公演期間中に、急にコンマスが欠席ということもよくあります。私は以前フランス国立放送管弦楽団に在籍していましたが、こんな場面に遭遇することはまずありませんでした。そのような場合は、急遽第二ソリストがコンマスを務めることになるので、即対応できるよう、いつでもソロを弾けるようにさらっておき、皆を引っ張っていけるように気持ちの準備を整えておかないといけません。
 
また、オーケストラピットの中は、普通の音楽ホールの舞台と全く違った難しさがあります。レパートリーやオケの人数、指揮者の判断によってピットの深さも変わってきます。また、コンマスと交代して自分の位置が変わったときも、視界や音響も考慮に入れ、即座に適応しなければなりません。 
 
そして、実際の経験を積み重ねることによって培われる勘のようなものも、オペラでは必要です。例えば、就任したばかりの頃、レチタティーヴォなどは戸惑いました。指揮者の指示がクリアでないときもありますから、合わせにくいと感じたこともありますが、数をこなすことによって慣れてきましたね。
 
ヴァイオリンソロで、ソプラノやテノールとデュオの演奏をする時は、リハーサルの時にいくら弓が足りていたとしても、必ずその三倍位長く(笑)クライマックスや最終音をのばせる心構えをしておかないと大変です!
 
船越
バレエ公演はどのくらいなさるのですか?
 
阿藤
年間三分の一くらいはバレエ公演です。入団するまで、こんなにバレエをするとは思っていなかったですね。
 
私にとってオペラは、歌手、コーラス、オケなど、皆で創りあげる舞台なので強い達成感があります。一方、バレエは伴奏という感じが強いかもしれません。
 
オペラ公演とバレエ公演ではお客さんのタイプも違います。バレエ公演の場合、お客さんも踊りを見ることだけに集中していて、オケの演奏が終わらないのに拍手が鳴ったりします。バレエ団が録音を使ってする演目と何の違いも感じていないお客さんを見ると、本当に脇役になった気がしますね。
 
また、たとえばチャイコフスキーの『眠りの森の美女』には難しいヴァイオリンソロがあるのですが、エトワールダンサーも毎日のように代わるものですから、ソロの演奏なのにそれぞれのダンサーのテンポに毎日適応しなければならなかったりという風に、一段と柔軟性が要求される分野でもあります。
 
 

アンテルミタン・デュ・スペクタクルとは

 
 
船越
さまざまな要素が交錯する総合芸術、オペラでは、指揮者の重要性も倍増と思います。現在の音楽監督、フィリップ・ジョルダン氏はとても人気がありますね。
 
阿藤
彼はスイス人らしく潔癖で、細かいところまで指示します。また、マエストロぶったところがなくてコミュニケーションにもオープンですし、皆の意見にも耳を傾ける姿勢を持つ方です。彼はオペラを離れた通常形式の演奏会を行なうことにも積極的です。ただし、この方針には、他のレパートリーに触れられることを喜ぶ賛成派と、管弦楽オケにそちらは任せた方が良いという反対派がいますが。
 
招聘指揮者の場合など、オケ練習のときはとても素晴らしくても、歌手や舞台全体をまとめる段階になると、パニックになってオケへの意識がおろそかになるような方もいます。オペラやバレエでは同じ指揮者と長期間付き合うので、オペラ座は結構指揮者に批判的かもしれませんね(笑)。そういうときに、オケのまとめ役として、指揮者と調整役を果たすのもコンマスの仕事のひとつです。
 
いろいろと予期しないことが起こるのもオペラならではです。例えば、舞台演出の関係で、歌手が舞台のとても高い場所とか後方で歌っている場合に、オケとのコンタクトがとりにくくて音響効果に破綻が生じたりとか、舞台裏のコーラスはカメラで指揮者を見ながら歌っているので指揮者とは合っているのですが、オケとは微妙にずれてしまったりとか……。もっと困るのは指揮者と歌手がずれている場合にどちらにつくか(笑)。
 
船越
そういった場合は?
 
阿藤
歌手がただ意味もなく高い音を引き伸ばしているような場合は、指揮者を見てきっぱりと切るし、そこは状況によって臨機応変に対応するしかありません。音楽としてその時どちらを尊重するかによりますね。
 
船越
最近は極端に奇抜な舞台演出がなされることもありますが、そのような公演のパリジャンの反応は?
 
阿藤
すごいブーイングが起こることも……(笑)。やはりオーソドックスなものが好まれるようです。
 
私は子供と一緒に公演に行くこともありますが、先日も我が家で絵本を読んで聞かせてから連れて行った『魔笛』の公演が、とてもアヴァンギャルドな演出をされていて(笑)、初めてそれを鑑賞する子供にとってはどうなのかな……と。
 
それでもコメディ的な演目では、演出がモダンでもそれが笑いを誘い、観客を楽しませる要素になるようですが、象徴的過ぎるもの,  過激なモノ(社会批判、  子供にはちょっと観せられないようなシーンが入った舞台)には反対意見がやはり出ますね。でも演出家の方は慣れた感じでブーイングを受け止めていますよ。
 
予算減らしを目的にした粗末な舞台はダメですけれど、最近は私も、舞台の現代化が若いジェネレーションに受けて、オペラの庶民化にも繋がっていくのかなあと思っています。」
 
船越
オペラ公演は高額なチケットにも関わらず、常にパリで最高の集客率を維持しているということですが、オペラという芸術はフランス人からどのように受け止められているのでしょう?
 
阿藤
フランスでも、ドイツなどの国と比べて一般の人々にクラシック音楽が浸透しているとは言いがたいですよね。一方、フランス人は伝統的にモリエールなどのお芝居が好きですから、劇の要素が入るオペラやオペレッタの方がとっつきやすく感じられるのだと思います。安いチケットを手に入れるために窓口にできる長い行列、席が無料になる革命記念日(7月14日)にバスティーユに並ぶ大勢の人々、ゲネプロの招待チケットを運良く関係者に貰うために寒い冬に外で待つ人々の様子からも、オペラ好きの気合を感じますね。
 
船越
先日はアンテルミタン・デュ・スペクタクル(筆者註・フリーランスで芸術、舞台関係の仕事に携わる人が、ある条件を満たしていれば、仕事がない時期も失業手当を受けられ、収入が保障されるというフランスの制度)の立場を守るための全国的なストライキがあり、パリのオペラ座公演もキャンセルになったものがありましたね。
 
阿藤
観客の方のことを考慮して、できるだけ避けようとはしているのですが、芸術関係の仕事をするこれからの若い世代の権利を守るため、アンテルミタンの抗議運動に賛同し、オペラ座の団員もストライキを行なうことはあります。オペラ公演は、アンテルミタンの方々に支えられている部分も大きいのです。舞台技術者などもそうですし、オケのエキストラもアンテルミタンですから。
 
 

オペラで弾く為には

 
 
船越
阿藤さんはオペラ座の採用試験を受ける方などの指導もなさるそうですが、レパートリーに精通しているといったこと以外でオペラの団員に求められることは何でしょう?
 
阿藤
音色のよさ、音程はもちろんですが、 リズム感と柔軟性もとても大切です。
 
ヴァイオリンセクションの他の人と一つになれないような音ですと困りますし、オーケストラピットの一番後ろで指揮者もコンマスも見えにくい場所で弾くこともありますから、フィーリングとリズム感もとても重要です。
 
指揮者やコンマスを見つつ、きれいな旋律を盛り上げて目いっぱい弾きたくても、歌手のためにカーペットを敷くような感じで、情は入れながら音量は抑え気味にしたり……皆それぞれが歌手を耳で聴いてあわせる能力、また、どのようなテンポでも問題なく対応して演奏できるというような柔軟性も求められます。
 
余談ですが、かつては歌手の調子が悪いとき、皆が楽譜なしでその場で移調して合わせるということも、オペラ座の団員は出来たらしいですよ。
 
船越
阿藤さんはコンマスを務められることが多いので、そうなるとソロを弾かれることも頻繁ですよね。
 
阿藤
オペラでソロを弾けるというのはすごく幸運なことだと思うのですね。公演によっては10回くらい同じソロを一ヶ月の間に弾くわけですから、いろいろなことが試せますし、自分の勉強にもなります。
 
私は、昔から音色が声を髣髴とさせる ミッシャ・ エルマン、イヴリ―・ギトリスといったヴァイオリニストに強い憧れと興味を抱いていました。だからオペラが大好きなのだと思いますが。ソロと歌の重奏のときなどは、できるだけ歌手の声と溶け合うようなイメージで……やはり一番心に訴えるのは、人の声に近い音色だと思いますから。
 
船越
フランスの第一線で活躍する音楽家のお一人として、日本人ならではの強みとはどういう点だと思われますか?
 
阿藤
学生時代には、語学習得はもちろんですが、フランスの風習に溶け込むことにかなりのエネルギーを費やしていたように思います。フランス人のようにならないとフランスの土地で生きていけないような気がすることもありました。でも、オーケストラの同僚として、年齢や出身を異にする人、いろいろな個性を持った人達と付き合っているうちに、人間関係はデリケートなものだけれど、相手を尊重して意思を通じ合わせるということには国境はないなあと思えるようになりました。
 
人生の三分の二以上を日本国外で過ごしているのに、自分を日本人と感じられるのは素晴らしいことだと思っています。仕事としての音楽生活と、家庭を中心とするプライベートな生活の両面で、両国の共通点はもちろん、長所と短所を体験している人間として、周囲の人に知らず知らずのうちにそれを伝える役目を果たしているような気がします。
 
これから大きくなっていく子供達も、それを感じながら育って行くのでしょうね。
 
 

 

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