喫茶店の向こうに、ノトスQの母校ベルリン音大がある。

ベルリンの街には、前日のワールドカップの激闘の余韻が残る。

ノトス・クァルテット 写真提供日本室内楽振興財団

ヴァイオリンのジンドリ・レデラー 写真提供日本室内楽振興財団

ヴィオラのマルテ・コッホ 写真提供日本室内楽振興財団

チェロのフロリアン・ストライヒ 写真提供日本室内楽振興財団

ピアノのアントニア・コスター 写真提供日本室内楽振興財団

写真提供日本室内楽振興財団

写真提供日本室内楽振興財団

以下の写真は、クリック(タップ)すると、

拡大され、キャプションも出ます。

ベルリンで、ノトス・クァルテットと話をした。大阪国際室内楽コンクール第2部門の歴史に残る熾烈な闘いを終え、5週間が経った日のことである。
 
共産主義の海に浮かぶ絶海の孤島のような西ベルリンという特殊な街があった頃、西ドイツ国境からノンストップで到着した列車の終点は、遥か東の中央駅ではなく、動物園公園駅、通称ツォー駅だった。西側世界のショウウィンドウとして栄える駅前から西に向けちょっと歩くとベルリン自由大学があり、その音楽部のコンサートホールがある。東西統一が成り、長距離列車は新しい場所に新設された巨大な新中央駅をターミナルとするようになり、近郊列車と地下鉄が停車するばかりのツォー駅はすっかり寂れてしまった。
 
だが、大学はそこにあり、学生達は昔と同じように集っている。かつての東のトップだったハンス・アイスラー音楽院がベルリンの(位置的な意味での)東の横綱格となったといえ、ベルリン音大は西の名門であり続けている。
 
通りの向こうに大学を眺めるカフェで、ノトスQを待っている。やがて、楽器を抱えてやってきた4人は、まるで学生のようだ。なにしろ、ここは彼らのホームベースのど真ん中。気楽なものである。昨晩のワールドカップ、大変な試合だったねぇ。そう、なんせ決着が付いたのは深夜過ぎてましたからね。次はフランスとだから、これはホントに大変ですよ…
 
このインタヴューの半分は、実は大阪国際コンクールの運営などに対する意見、一種の「消費者アンケート」のようなものであった。だから、いかな「アッコルド」とはいえ、そんな部分を公開するわけにはいかぬ。悪しからず。ひとしきり数週間前の数日間の率直な感想を語りを終え、じゃあ、皆さんのことを教えてよ、どうなってるの、その後、と話を向けてからの部分を、ほぼそのまま記そう。
 
大阪で2位となったノトスQだが、非公式な情報ながら、優勝したトリオ・ラファールとは僅差だったという。実質上、「ピアノ四重奏部門優勝」なのである。この後、練習場に向かうという若者達の、ピアノ四重奏への思いが伝われば幸いだ。大阪のピアノ四重奏最高位という結果が、彼らにとって大きな追い風とならんことを。
 
なお、大阪国際コンクール&フェスタ公式カメラマン栗山主税氏に大会期間中に提供を受けていた素晴らしいショットながら、諸事情で使用せずにいたものをあらためて掲載させていただく。
 
 
ノトス・クァルテット
アントニア・コスター(ピアノ)
ジンドリ・レデラー(ヴァイオリン)
マルテ・コッホ(ヴィオラ)
フロリアン・ストライヒ(チェロ)
 
――大阪大会の後、日本のファンは皆さんを知ったわけです。で、大阪の後、なにか変化はありましたか。大きな音楽祭から話があったとか(笑)。
 
レデラー:まだないですねぇ、期待はしてますけれど(笑)。
 
ストライヒ:この2週間はブラームスの2曲で初のCD録音セッションをする予定ですので、出来上がったらそれを携えてツアーしたいですね。プロモーション用グッズが出来るわけですから。
 
――ピアノ四重奏を真剣になさってる皆さんに敢えてお尋ねします。どうして世界には常設メンバーで長く続けているピアノ四重奏団があまり存在していないのでしょうか。
 
レデラー:まず金銭的に保証がなにひとつないですから。オーケストラには定職があるけれど。それに、言うまでもなく、お互い人間的に上手くいっていなければならないし(笑)。
 
――室内アンサンブルを続けるのは、皆さんで小さな会社のオーナーになるようなものだと思うのですよ。
 
:その通りです
 
――それぞれがその会社の中で適材適所で働かねばならない。
 
ストライヒ:そう、それぞれがそれぞれの会社のポジションを持ってね。自分らでやらねばならないことを分担して行わねばなりません。
 
レデラー:そうしつつも良い関係を維持しないといけません。なにしろときには、1日24時間一緒にいることになりますから。だから友人でいられる必要があります。そうじゃないと続けられない。
 
ストライヒ:そうね。今、私たちはここベルリンにリハーサル室を借りています。テーゲル空港の傍で、古い工場ですが中にコスターさんがピアノを持ち込み、週7日間いつでも練習出来るようにしているのですよ。家賃は激安というわけにもいかないんですけど、私たちとすれば自分らの工房があるのはとても重要です。
 
――弦楽四重奏の練習とは違い、ピアノがありますからねぇ。
 
コスター:そうなの。
 
ストライヒ:ピアノがあると、どうしてもいろいろね。そう、質問に対する答えとして、ピアノの問題はあると思います。全てのコンサート主催者がピアノを持っているわけではないですから、ピアノ四重奏団を呼びたいと思った主催者はピアノを借りねばなりませんから。
 
――練習室のピアノは誰のものなんですか。
 
コスター:私の私物を持ち込んでます。
 
ストライヒ:練習だってピアノ・トリオよりも音が大きいですし、ミュートはないしね(笑)。私たちが自分らの練習室を借りねばならなかったのも、それが理由です。今の状況にはとても満足してます。
 
――テーゲル空港の近くだと、真上を飛行機が下りてったりしないんですか。
 
ストライヒ:たまに、録音してるときにダメにされたりしますね(笑)。
 
――どうして敢えてピアノ四重奏団を選んだんですか。確かに、室内楽シリーズなどをするには、とてもフレクシブルな編成だと思うんですけどね。
 
ストライヒ:ひとつは、正にその数が多くないということ。世界に3つくらいしかない。
 
――ピアノ四重奏団として指導してくれる先生だって殆どいないでしょう。
 
コスター:実は、私たちはピアノ四重奏団に室内楽を習ったことはないんですよ。
 
レデラー:先生としては、マンダリンQ(注:日本では「マンデルリンク」と記されることもあるようだが、発音しない文字があるそうで、この表記がよりドイツ語の発音に近い)。弦楽四重奏です。5年習いました。
 
ストライヒ:ピアノ四重奏の美しさであると同時に難しさでもあるのですが、ピアノ四重奏は弦楽三重奏であり、あるときは第2ヴァイオリンなしの弦楽四重奏のように演奏する必要もある。その意味では、弦楽四重奏よりも難しい。声部がひとつ少ないですからね。そこにピアノというまるで違う楽器が入って来て、弦楽器とピアノでひとつの固有の響きを作り上げねばならない。ピアノ四重奏団としての私たちがいちばん大事だと思っていることは、固有の響きを持つことです。簡単ではありません。ピアノと弦楽三重奏いうまるで音の出方の違う楽器群をひとつに纏めて、ひとつのサウンドを作らねばならないのですから。
 
コスター:ピアノ四重奏で素晴らしいのは、様々なやり方があることです。全てがあります。ソリスティックにもなり得るし、まるでオーケストラのようにもなる。豊かで充実した響きもあります。弦楽器は全種類揃ってるのだし、それにオーケストラにもなり得るピアノがあるのですから。
 
ストライヒ:それに、勿論、ピアノの独奏パートもあるしね。
 
コスター:そう。
 
ストライヒ:モーツァルトが最初にこの形態で作品を遺してから、作曲家たちがピアノ四重奏をどう書いてきたか、とても興味深いです。シューマンのピアノ四重奏は、ピアノはまるで弦楽四重奏の第2ヴァイオリンのように動くところもあれば、オーケストラや独奏のような箇所も。
 
コスター:素晴らしいコンビネーションです。
 
ストライヒ:作曲家はピアノ四重奏の可能性を様々に展開してくれているのですよ。例えばブラームスは、シューマンとはまるで違うやり方で対している。とても魅力的です。
 
――例外はありますが、殆どの作曲家はピアノ四重奏は名作をひとつ書いて終わりにしてますね。どうしてなんでしょうか、1曲書けば充分なんでしょうかね。
 
ストライヒ:恐らく、作曲家たちはこの形態で書くのがいかに難しいかを実感していたんでしょう。たぶん、ですけど(笑)。シューマンは大きな変ホ長調作品を書き、もうひとつ、有名でない作品も書いてますが。
 
――へえ、若い頃の作品ですか。
 
コスター:とても若い頃の曲です。
 
ストライヒ:自筆譜が残っていないので本当にシューマンの作品なのかが明らかではないのですが、出版はされていますよ。
 
――面白い曲ですか。
 
ストライヒ:そう、興味深い…ですね(全員笑)。なにしろ変ホ長調が傑作すぎますから。それからベートーヴェンも3曲、いや、4曲書いている。木管の五重奏をピアノ四重奏にしてますから。そっちの方が良いと私は思うけど(笑)。ピアノ四重奏には、知られていない作品も沢山あるのです。
 
――知られていない、というのは、作曲家が、ですか。
 
ストライヒ:そう、作曲家が知られていなかったり、作品そのものが未出版だったり。ですから、チャレンジする楽譜は沢山あります。
 
――マーラーのピアノ四重奏、なんて困ったものもありますけどねぇ(笑)。
 
コッホ:そう、あれはマーラーの唯一の室内楽だし、でも若書きで、だから彼は後に完成しなかったんでしょうけど(笑)。
 
――皆さんがコンクールのレパートリーになり得ると感じる新作はあったら、大阪に教えて欲しいんですけど。
 
レデラー:現代作品にあまり良いピアノ四重奏がないのは、私たちの残念なところでもあるんですよ。若い作曲家の皆さん、是非とも書いて下さい(笑)。
 
――じゃ、今この瞬間、皆さんがこれだと思うご推薦作品はない、ということですね。
 
レデラー:残念ながらありません。でも私たちの所に楽譜を送って下されば、必ず弾いてみますよ(笑)。
 
ストライヒ:随分やってはいるんですけどねぇ。ホントに書いて送ってくれれば、練習してみますよ。日本の方の作品でも、是非とも日本で弾いてみたいですし。
 

ベルリンのノトスQ。左から、ヴァイオリンのジンドリ・レデラー、頭脳派参謀のようなピアノのアントニア・コスター、物静かなヴィオラのマルテ・コッホ、そして広報部長格はチェロのフロリアン・ストライヒ。

第56回

ベルリンでノトス・クァルテットと話す

電網庵からの眺望

音楽ジャーナリスト渡辺 和

© 2014 by アッコルド出版