音楽祭のポスターは、基本的に毎年同じ。町の商店のあちこちに張られている。

中世からの古い町の外れには、マイン川支流がゆったりと流れ、観光ボートばかりか小さな貨物船も頻繁に行き交う。

音楽祭会場となる修道院の広い庭に旗が掲げられることで、音楽祭らしさが多少は演出されている。

今日は夕立はなさそうだね、と空を見上げるペテルスブルクQヴィオラ奏者とモニカ。そろそろ始めましょうか、と声をかけるディレクター氏は、齢80とはとても思えぬ元気さ。自分で車を運転し、フランクフルト空港までゲストを迎えに行くほどだ。

お気楽になりすぎぬドヴォルザークの五重奏が鳴るうちに、短い夜になる。聴衆は周囲から取り巻くように鑑賞する。

ハイデルベルクで最も観光客の多い通りに面したプロヴィデンツ教会が、チクルスの会場のひとつ。ソヴィエト音楽演奏史的にはとてつもないイベントが開催されているとは想像も出来まい。

教会内部では朝からダネルQが練習中。流石にしんどい日程で、残念ながら筆者も殆ど話をする暇が無かった。

まるで牧師さんのようだが、この方がハイデルベルク室内楽愛好協会ディレクター氏である。

教会にしては適度の残響の教会は、案外とダネルQにとっても弾きやすかったのかも。なお、昨年から加わっているチェロのイヴォンヌ・マルコヴィッチは去る1月のパリで解散コンサートを行なったイザイQの元メンバー、大物の移籍である。

以下の写真は、クリック(タップ)すると、

拡大され、キャプションも出ます。

フランクフルト中央駅地下ホームを出発した2両編成のローカル線がマイン川を越え、パリでオペレッタ作家として一世を風靡する作曲家の故郷オッフェンバックの街を過ぎ半時間ほど。
 
到着した駅の周辺を見廻すかぎり、ゼーリゲンシュタットは特になんてこともない大都市近郊の住宅地だ。
 
だが、マイン川に流れ込むゆったりした支流の畔、旧市街の中心までやってくると、空気は一変する。石畳の市役所広場から、川縁に聳える教会とその足下の広大なかつての修道院正門前までの狭い石畳の市街では、店舗前に持ち出された木製のベンチの上で観光客がアイスクリームをなめたり、ノンビリとビールを飲んだり。
 
「大型バスが来たりはしないけど、この修道院はとても歴史があってそれなりに有名なの。なによりサイクリストの人気スポットなのよ。マイン川の方からこの川沿いをずっとサイクリングで遡っていくのは、とっても人気の夏のヴァケーション」
 
とパラソルの下で眩しそうなのは、ヘンシェルQのヴィオラ奏者モニカ・ヘンシェルである。
 
ソフトドリンクのグラスはとっくに空っぽだけど、これからセント・ペテルスブルクQとの練習があるので、残念ながらビールを飲むわけにはいかない。
 
この地で毎年開催されてきた「ゼーリゲンシュタット・クロスター演奏会~弦楽器小フェスティバル」にヘンシェルQが参加するようになって、今年で17年目という。今年結成20周年のミュンヘン拠点の団体とすれば、キャリアの殆どの夏をここから始めているわけだ。
 
「若い頃はね、なんでこんなドイツ人しか来ないローカル観光地でこんな小さな音楽祭をするのか、まるで理解出来なかったわ。そう、ロンドンとかニューヨークとか、ええ、東京もね、そういうところで演奏しなければ意味がないと思ってた」とモニカ。
 
だけれど、成功も失敗も含め音楽家としての様々な経験を積み、創設メンバーも何人か去り、新しいメンバーがやってきて、それぞれがきちんと家庭を持ち、母や父親になり…年間に60回程度の弦楽四重奏演奏を重ねるプロフェッショナル音楽家としての年月を重ねる20年。そんな中で、ここがどんどん大事な場所になっていったという。
 
「たった3日で、招聘出来るゲストも一団体だけ。聴衆だって、ご覧のように、多いわけじゃない。でもね、いつも知った顔があるところで、自分達がやりたいことをやり、好きな人達を呼び、終演後はここでニコニコしてビール飲んで(笑)、いろいろお喋りして、音楽する。こういう場所って、ホントに特別。」(モニカ・ヘンシェル)
 
天気に恵まれ、今日は大聖堂内部ではなく、表のクロイスターで演奏が出来そうだ。と、向こうから、この場所に娘や息子達を連れてきたチェンバロ奏者のヘンシェル母がやって来る。まあ、お久しぶり、今年はいらしてくれたの、奥様は今年は…
 
夏のヨーロッパの昼は長い。夜の8時半に開演する演奏会がヴィオラ奏者が編曲したバッハの《シャコンヌ》弦楽四重奏版独逸初演で始まった頃にはまだ燕が高く飛び交う夕方だった空は、ペテルスブルクQのものの判った派手すぎないショスタコーヴィチの8番を経て、モニカが加わるドヴォルザーク弦楽五重奏が大拍手を浴びる頃、やっと夜になる。見上げれば、フランクフルトから30分とは思えない、七夕も近い夜空。
 
来年はライプツィヒQで、その次はフォーグラーQに声をかけている…来年以降のプランを楽しげに語る音楽監督ヘンシェルQだが、不安がないわけではない。
 
この音楽祭を支えるゼーリゲンシュタットの室内楽愛好団体を運営するディレクター氏が、今年で81歳なのだ。元気なうちは良いのだけれど、いつまでもそれを期待するわけにいかない。それから先のこの音楽祭はどうなるのか。あくまでもプライヴェートな楽友協会がやっている音楽祭で、公的な支えなどなにもない。勿論、ゼーリゲンシュタット市は夏の観光イベントとして関心を持っているようだし、市長も文化のことに理解がある人みたいだけど、ヘンシェルQが今のような形で関わっていけるものなのか、等々。
 
時間は、なんでもないものを大事なものに変えてくれる。でも、とても大事なものを、遠くにやってしまうことも出来る。この小さな音楽祭がこれからも同じように続けていけるのか、それは誰にも判らない。
 
 
ハイデルベルグ大学旧校舎講堂の壇上で、これから行なわれるヴァインベルク作曲の弦楽四重奏全曲を網羅する演奏会の意義を説く紳士は、ディーター・ブレンツェケ博士。といっても、ヘーゲルも教えた伝統の大学の現役プロフェッサーというわけではない。ハイデルベルク楽友協会の代表である。
 
観光地とはいえ静かなゼーリゲンシュタットから列車を3本乗り継いで1時間と少し、本格的な夏の観光シーズンが始まったハイデルベルクは、文字通り国際的な観光地だ。
 
チクルス第2回目から4回目の会場となるプロヴィデンツ教会も、ラインへと流れ込むネッカー川に沿って旧市街を真っ直ぐ貫く歩行者道路に面している。古い大学町を訪れた世界中からの観光客が気楽な格好で通りを闊歩し、周囲のカフェやレストランではワールドカップ決勝リーグで旧敵フランスとの決戦で地元民が盛り上がっている。
 
日曜ともなれば、それ自身が観光スポットでもある大学旧校舎と、機能本意で素っ気ない新校舎の間の広場は、アフリカ・バザーの会場だ。仮設された舞台から、強烈なドラムが打ち鳴らされ、なんとも騒々しい。
 
史上2度目の試みとなるダネルQによるヴァインベルク・チクルスが、そんな夏の観光地の空気に似合っているのか、なんとも判らない。
 
だが、ともかく、月に一度程度の演奏会と春の音楽祭を行なう楽友協会が主催するには、夏の始めの特別イベントにでもせねばならぬ大事業なことは確かだ。なにせ、余程のロシア・ソヴィエト音楽ファンでなければ知らない名前の作曲家の17曲、コンサートの時間に長短はあるものの、総計5回も必要な大コンサートなのだから。
 
場所が場所、イベントがイベントだけに、どんなコアな聴衆が詰めかけるのかと思ったら、正直、ちょっと拍子抜け。そう多くはない客席を埋めるのは、どうやらいつもの楽友協会のファンが殆どのようである。ご老人夫婦が声を掛け合い、手を振り、世間話をして、まるでモーツァルトかブラームスでも始まるのを待つように、開演までを過ごしている。観光客がカメラを抱えて内部で記念撮影しようとする旧講堂も、いつもながらの会場に過ぎない。
 
遠来の客といえば、ヨーロッパのどこの弦楽四重奏コンクールでも顔を合わせるダネルQの地元ブリュッセルの室内楽協会主催者、週末を利用してやってきたダネルQの第1ヴァイオリンたるマーク・ダネル氏の一族郎党くらいか。クァルテットと盛んに話をしている評論家風の男は、ドイツのショスタコーヴィチ協会理事氏だそうな。
 
ヴァインベルクとその音楽、クァルテット、ダネルQの演奏について、本来ならばここで詳細に記すべきだろう。が、それは次回、ニューヨークでのヴァインベルクのオペラ公演の後にまとめて記そう。
 
それとは別に筆者にとても印象深かったのは、ここに集った聴衆だった。この尋常ならざる、聴きやすいとは決して言えない愛想の悪い音楽たちを、数十人のハイデルベルク周辺の熟年たちが聴き通す。プロの音楽家でもなければ、ソヴィエト音楽専門の研究者でもない、はたまたヴァインベルクと激動のソ連を一緒に生きた亡命者たちでもない、普通のドイツ地方都市在住の音楽ファンたちが、ヴァインベルクを熱心に耳を傾け、熱狂的な拍手を送ったのである。
 
最後の演奏会に向かう直前、外のアフリカ・ドラムの大騒音に呆れかえるヴィオラのヴラド・ボグダナ氏と立ち話。曰く、「次のサイクルだって、残念ながらそんな予定はないよ。だって、この演奏会、ちょっと尋常じゃやれないでしょ。」
 
確かに仰る通り。この畏るべき聴衆と、それを率いるディレクターの博士あってこそのイベントなのである。ソ連と世界の歴史の翻弄されたヴァインベルクの一筋縄ではいかぬ音楽の内容を理解することも、ここにいる聴衆がどんな音楽を愛し、どのように音楽を必要としているのかを理解することも、ちょっとやそっとではできっこないと痛感させられたことが、ハイデルベルク訪問の最大の収穫だったかも。
 
 
ドイツのあちこちでは、町の長老音楽愛好家が責任者となり、家のプリンターで印刷したようなチケットをディレクターの家族や友人が会場入口で手売りするだけの小さな音楽祭が、無数に開催されている。そして、それなりの数のローカル聴衆を集めている。当たり前のことだけれど、ザルツブルクやルツェルンだけが音楽祭ではないのだ。夏はまだまだ続き、音楽祭はまだまだ沢山ある。

ゼーリゲンシュタットの旧市街中心には、翌日のサッカー・ワールドカップ準々決勝のドイツ対フランス戦に向け黒赤黄の三色旗があちこちに掲げられている。

第53回

フランクフルト近郊の

ふたつの室内楽音楽祭

電網庵からの眺望

音楽ジャーナリスト渡辺 和

アッコルドよりお知らせ

 

Webアッコルド1周年を記念して、

1日限り、「リアルな場所」で

アッコルドを展開します。

空を見わたせる会場で

昼から夜への

移り変わりを眺めながら

弦楽器の響きに触れてみませんか?

尾池亜美さん率いる

アミ・クァルテットが出演します。

 

●読者の皆様と、演奏者・執筆者・編集者との交流
●私たちが考える音楽の楽しみ方を一緒に体験

●ヴァイオリニストの尾池亜美さんとアミ・クァルテットの皆さんによる演奏
イザイの無伴奏、デュオ、ドビュッシーの弦楽四重奏曲等が演奏されます。
ヴァイオリニストの長尾春花さんがヴィオラに持ち替えて演奏します!

●アッコルド執筆陣の

ヴァイオリニスト・森元志乃さんと

尾池亜美さんとの対談


●質問コーナー、試奏コーナー、

●ワン・ポイント・アドヴァイス

●尾池亜美さんによる

 ハイフェッツの音階練習のデモンストレーション
 (尾池さんは、ハイフェッツの高弟ピエール・アモイヤルに師事し、ハイフェッツの音階練習を習っています。アッコルドから出版予定)

●美味しい軽食とお酒

 

他にもいろいろなサプライズを用意しています。

 

アッコルド1周年記念イベント

 

7月21日(月・祝)海の日

 

会場 ソラハウス(渋谷)

東京都渋谷区神南1-5-14 三船ビル8F

開演 18:15(開場:17:30)

料金 ¥10,000(軽食付き)

定員 40人

(演奏、コラム執筆者・森元志乃さんとの対談など)

 

公開リハーサル

開場 15:00

料金 ¥2,000

定員 20人

 

曲目

フォーレ/パヴァーヌ

ドビュッシー/弦楽四重奏曲 ほか

 

アミ・クァルテット

1stVn  尾池亜美

2ndVn 森岡 聡

Va    長尾春花

Vc    山本直輝

 

★詳細

http://www.a-cordes-ronde.com/#!special0711/cso7

 

※モバイルからは、メニューの「アッコルド1周年記念イベント」をタップしてください。

 

 

★チケットはこちらから
http://eventregist.com/e/a-cordes

★メールでのお申し込みもできます。
●お名前
●種類(公開リハーサル・本番)
●枚数
●;連絡先(メールアドレス)(電話)(住所)
を明記の上、
a.cordes.editeur@gmail.com(アッコルド)へ。
メールでお申し込みを戴きましたら、おって決済方法についてご連絡差し上げます。ご連絡をお待ち下さいませ。
※なお、個人情報は、本イベントに関わること以外には使用致しません。

★モバイルからは、メニューの「アッコルド1周年記念イベント」をタップしてください。

 

皆様のお越しをお待ちしています。

 

 

 

尾池亜美さん

対談・クァルテットへの思い〈1〉

 

尾池亜美さん

対談・クァルテットへの思い〈2〉

 

尾池亜美さん

対談・クァルテットへの思い〈3〉

 

 

 

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