長かったのか短かったのか、この瞬間にはなんとも判らない10日が終わった。最後に、些か個人的な雑感で、2014年初夏の大阪の闘いの記録を終えさせていただく。要は、「あとがき」である。
 
サントリーホール・ブルーローズに満員の聴衆を集め、トリオ・ラファールとアルカディアQがシューベルトとベートーヴェンの最晩年の大曲を披露した。そして今、ホール向かいの宿舎ではなく、いつものように地下鉄を乗り継いで戻ったオフィスの仕事机に坐っている。
 
幸いにもこの10日の間に関東地方に大きな地震は無かったようで、安普請の長屋の机にうずたかく積み上げられた書類がひっくり返っていることはなかった。
 
お前は今は世界のどこにいるんだ、と呆れられる我が身ながら、一応の活動拠点は日本国東京である。この数年、サントリーホールが室内楽に力を入れ始め、チェンバーミュージック・アカデミーを創設し、6月には室内楽のフェスティバルを始めた。
 
そんなこともあって、ブルーローズなるなんとも素敵すぎる名称のサントリーホール小ホールは、筆者のホームベースのひとつとなった。この小さな場所で、ベートーヴェンの弦楽四重奏全曲を毎年聴き、様々な音楽家が繰り広げる室内楽に接してきた。
 
美しい黒髪を後ろに束ねたトリオ・ラファールのマキ・ヴィーダーケアーが、シューベルトの変ホ長調トリオ終楽章のロンド主題を、丁寧に、でも豊かな歌に溢れた透明な響きで奏で始めたとき、なんだか知らぬが、涙が出そうになった。
 
いろいろなことがあったけど、とうとうこの人たちが自分の家に来てくれた。精密にコントロールされた響きを紡いでいるピアノは、いつもの聴き慣れた楽器だ。
 
そう、例えばアルク・トリオがこのピアノで彼ら独特の大きな音楽で広くはない空間を圧倒するのを何度も聴いているし、堤審査委員長ならぬチェリスト堤剛氏がこのピアノの隣に座りチェロを奏でるのにも幾度となく接している。
 
そのピアノを、今、大阪経由でチューリッヒから来たマキが弾いている。作り出される響きは、豊かな残響に満ちたいずみホールとはまるで異質。文字通りの室内の音楽。それでもやっぱり、これは彼女の音。
 
2011年7月、真冬のメルボルン音楽院講堂で初めてその音楽に接してから、トリオ・ラファールの音楽をどれだけ聴いてきたことか。音楽院での予選を突破し、メルボルンに新設なった室内楽ホールで同じシューベルト変ホ長調を披露し、着飾った満員の聴衆の喝采を浴び優勝を浚うのを目撃した。
 
満を侍し望んだ昨年秋のミュンヘンでは、音楽院での2次予選までは難なく突破したものの、プリンツオイゲン・テアターでのセミファイナルでまさかの敗退。余りにも厳しいメナハム・プレスラー審査委員長の判断に、他人事ながらプロとして音楽をやることの容易でなさを感じざるを得なかった。あれでダメなら、なにが良いというのか。
 
そして大阪である。正直、今回の大阪の第2部門ほど、試合を感じさせないコンクールは過去になかった。1次予選の段階から、どの団体もしっかりと「いずみホールでのコンサート」を行なっていた。7つの演奏会を立て続けに聴いたような第2部門2次予選は、肉体的には猛烈に疲れたけれど、案外と精神は疲れていなかった。ビックリするくらい、心は元気だった。
 
そりゃそうだろう。あんなにスゴイものをいっぱい聴かせてもらったんだもの。
 
トリオ・ラファールも、飛び抜けて素敵な音楽を聴かせてくれた。恥ずかしながら、足かけ4年の間に総計10回近いステージに接し、筆者にもこの音楽家達の魅力がやっと判った。大阪に来てくれて、本当にありがとう。
 
同じ事は、アルカディアQにも言える。2012年イースターのロンドン国際弦楽四重奏コンクール、ロイヤル・アカデミー講堂やウィグモア・ホールで接した彼らの音楽を、正直なところ、筆者は殆ど覚えていない。数だけから言えば、1次予選から本選まで相当回数聴いている筈なのに、情けなや、記憶がスッカラカンなのだ。他の団体ならば、あれやこれや覚えているものも少なくないのに。
 
先週の大阪で彼らのヤナーチェクを聴き、ああ自分は今まで何を聴いていたのだ、と呆れ果てた。それから先は、あれほど作り込んでいるのにまるでそれを感じさせないその音楽を、ただ安心して聴いているだけだった。これほど肩に力の入っていないバルトークの5番を聴いたことがあろうか。始めからそこにあるのが当然なような、自然な響きたち。それが彼らの音楽であると筆者にも判るようになるまで、この1年と少しの時間は必要だったのだと思いたい。
 
今回、大阪や東京で彼らの音楽に接し得なかった方、ウェブ上の配信で納得したり、もっと直接感じたいのにとイライラなさっていた方、11月までお待ちあれ。アルカディアQは貴方の街の近くにきっと来る。東京は11月9日津田ホール、その他の地域の方々は、公式発表が成されたら直ぐに当「アッコルド」でご紹介するので、請うご期待。
 
 
職業上、筆者は年間に数十日は室内楽コンクールでの演奏を聴いている。思えばそんな生活を20年近く続けてきたわけだ。質はともかく、数だけはこなしている驢馬の耳が断言する。2014年の大阪大会ほど疲れなかった室内楽コンクールは、過去にない。ことによると、もうこの先もこんな経験はできないかも。
 
「2014オオサカ」は、アルテミスQが東京Q以来の優勝を飾った「1996ミュンヘンARD」、クスQとパシフィカQが弦楽四重奏コンクール史上稀に見る高レベルの激戦を繰り広げた「2002レッジョ・エミリア」などにも並ぶ、世界の室内楽コンクールの歴史に残る大会となった。いや、それよりも、21年前に大阪でこの大会が始まって以来、最も強烈に聴衆の心に残る大会だったことの方が遥かに大切だろう。
 
コンクールに参加した全ての音楽家、コンクール現場を支え深夜までいずみホールの裏で走りまわったスタッフ諸氏、世界中に若者達の音楽を伝えるためのテクノロジーを用意し配信した技術者チーム、会場や音楽家の空気を切り取るショットを連日提供して下さったカメラチーム、いずみホールやサントリーホール・ブルーローズに世界中から集まった聴衆やプレスの皆様、本当にお疲れ様でした。ありがとう御座いました。
 
皆様の誰が欠けても、この10日間の音楽はあり得なかった。そして、こんな乱暴でどんぶり勘定なレポートを連日読んで下さった「アッコルド」読者の皆々様にも、心から感謝いたします。
 
脳内でシューベルト終楽章のロンド主題を歌いながら、大阪から引っ張っている大きな荷物を抱え、オフィス最寄り駅の地下鉄階段を登る。最後のステップで強引に「じゃじゃじゃじゃん」と変ホ長調和音を鳴らして、エイヤッと地上に立つ。
 
東京湾岸の夜の湿っぽい大気が、そこにはある。このオジサンったら何をニヤニヤしてるのかしら、という顔で疲労困憊のOLさんが横を抜けていく。大阪初夏の陣が終わり、日常が戻ってくる…
 
…というわけにはいかないのだ。来週の月曜日には、クァルテット・イタリアーノを生んだ弦楽四重奏の聖地で、パオロ・ボルチアーニ国際弦楽四重奏コンクールが始まるのである。ヤナQとカヴァレッリQは、もう一足先にイタリアへと向かっている。
 
まだまだ俺は年寄りなんかじゃないぞ、とベートーヴェンが叫んでいるような作品131終楽章の荒れ狂う情熱とパワーを、アルカディアQの演奏から貰って、なんとか足の運びに変えよう。筆者もシベリアを越え若き楽人達を追いかける。
 
残念ながらイタリアの大会はインターネットによる生中継がない。その様子は、少しのタイムラグを経て、「電網庵からの眺望」特別版でご報告させていただくとしよう。しばしお待ちを。

 

大阪、東京、そしてレッジョへ

第8回大阪国際室内楽コンクール&フェスタ

大阪初夏の陣 〈12〉

音楽ジャーナリスト 渡辺 和

INDEX

アルカディア・クァルテット

(写真:日本室内楽振興財団チーフ・フォトグラファー:栗山主税)

コンクールチーフカメラマンの

今日の1枚

トリオ・ラファール

(写真:日本室内楽振興財団チーフ・フォトグラファー:栗山主税)

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