ヴァイオリンに触れてさえいられれば幸せ!という人も。
練習が楽しくて楽しくて!という人も。
仲間と一緒に演奏している時間が最高!という人も。
この曲が弾ければ思い残すことはない!という人も。
弾くことは仕事でしかないと思っている人でさえも。
 
ひとたびヴァイオリンを手にすれば、
「(早く)弾けるようになりたい」「(早く)上手になりたい」と、
誰しもが、少なからず、そう心の中で思う。
 
「弾けるようになる」「上手になる」という目標は、
なぜか絶対的なものである。
 
そもそも、「弾ける」というのは、
どういう状態を、指しているのだろう?
「上手になる」というのはどういうことなのか?
 
・指が思い通りに回るようになること
・ヴィブラートが掛けられるようになること
・ミスなく弾けるようになること
・いい音で弾けるようになること
 
エトセトラ・エトセトラ。
上手になるための一歩は、人それぞれ。
どれから始めて、どう進めるか、実に悩ましい。
 
ある程度「弾ける」ようになってくると、
上達速度が落ちたり、壁にぶつかったりして、
また、悩む。
 
加えて、アンサンブルやオーケストラに参加した人は、
「ただ『弾ける』だけではダメらしい」ということを知る。
「指揮者を(コンマス)を見て!」「タイミングを合わせて!」
「弓を合わせて!」「弾き方を合わせて!」「音色を合わせて!」
ああ、もう!
 
こうして、引き出しの少なさを実感。
そういえば、しばらく中身の整理もしていない…なんて独りごちる。
 
 
楽器や演奏に関連した用語に、
「鳴る」「鳴らす」という言葉がある。
「楽器がよく鳴っている」「楽器の鳴らし方が上手い」
 
似たような意味合いで使うものに、
「響く」「響かせる」という言葉がある。
「響きのよい楽器だ」「よく楽器が響いている」
 
「飛ぶ」というのも、これに類するのものかもしれない。
「(会場の隅まで)音がよく飛ぶ」「この楽器は全然音が飛ばない」
 
「音が太い」「音の幅が広い」といった言葉もある。
「豊かな音」「よく溶ける音」…これも、このグループに入る言葉だろうか。
ちなみに、この場合の対義的用語として使われるものは、
「線が細い」「貧弱」「溶けない」「カサカサしている」などである。
 
これらに共通するのは、『音色』に関する用語ではなく、
『音質』に関する用語だということだ。
現場では、混在・混乱していることが少なくない。
 
例えば。
「いい音で弾いて」という。
すると、ヴィブラートを掛けて、なんとかしようとする。
「楽器を響かせて」という。
すると、弓に圧力を掛けたり勢いよく弾いたりして、なんとかしようとする。
 
こう言ってみる。
「ノン・ヴィブラートでいい音を出して」
「P(ピアノ)で、楽器を響かせて」
そこで、はたと気付く。
何か思い違いをしていた?
 
考える。
「いい音」って? 「響かせる」って?
表情とは関係ない。音量とも関係ない。いわゆる音色でもない。
 
そして思う。
あれ、どうすればいいんだろう?
 
 
― 音色(ねいろ)
「音の聞こえ方の総称」
「音の質を表現するために用いられる用語」
「人間が音を区別して 感ずることができるための音の属性の一つ」
「発音体の違いあるいは同じ発音体でも音の出し方 によって生じる音の感覚的な特性」
 
『音色』は業界によって定義が違い、
使い手やシチュエーションによっても、微妙に意味が違う。
どの意味で使われているかが判断しにくい、捉えどころのない言葉だ。
 
これをどう定義するかという問題はさておき、
ここで考えてみたいのは、『音質』の方。
 
― 音色には好き嫌いがあるが、音質に関しては概ね評価が同一となる。
 
「鳴らない楽器の方がいい」「響かない楽器の方がいい」
「音は貧弱でいい」「溶けない音でいい」
「ギーギー・ガーガー・ガサガサ・カサカサの音でいい」
そう思う人は少ないはずだ。
 
ヴァイオリンの音、そのまずあるべき姿。
 
すべては、弦の振動から始まる。
音の“質”を決める、安定した弦の振動。
 
ゆっくりと、ロングトーンを弾いてみる。
じっと、弦の様子を見る。
一定に弾いているつもりなのに、弦の振動が変に揺らいでいたりする。
 
そう思って耳に集中すると、
思っているよりずっと、音が安定していないことに気付く。
 
悪いのは、弾き方? 弓? 弓の毛? 松脂? 
それとも弦そのもの?
 
 
小さい頃、不思議に思っていた。
一方向にしか弓を動かしていないのに、
なぜ弦が震えるのか…ずっと震えていられるのか。
 
― “くっつき-すべりstick-slip” (可愛らしい名前だ)
「摩擦面間に生ずる微視的な摩擦面の付着、滑りの繰り返しによって引き起こされる自励振動のこと」
 
例えば、黒板にチョークで線を引くときに出るキィーっという嫌な音。
例えば、自動車のブレーキの際に生じるブレーキ鳴き。
例えば、グラスハープの音。
 
ヴァイオリンの弦の発振を決める3つのファクター。
「擦弦位置」「擦弦速度」「擦弦力=弓圧」
そこに大前提としてある“摩擦”。
 
ヴァイオリンの秘密の鍵は、“松脂”だった。
 
そう、松脂がなければ、ヴァイオリンは音が出ないのだ。
ならば、演奏するまでの行動で、一番重要なのは、
「松脂を塗る作業」ということになる。
 
松脂を塗らないと音は出ない、それは十分に経験している。
・毛替えしたばかりで、松脂を塗っていない弓。
・松脂を塗り忘れがちな、弓の先の端&元の端。
・指が触れて油が付き、松脂が乗らなくなった毛の部分。
 
弦を振動させるための“松脂”。
松脂を正しく乗せるための“弓の毛”。
 
弓の毛に値段の差がある理由が分かる。
「毛替えをしなさい」と注意される理由が分かる。
最初に、松脂の塗り方を指導される理由も分かる。
松脂の表面が平らな理由、欠けた松脂で塗ってはいけない理由も分かる。
 
 
当然ながら、松脂なら何でもいいという訳ではないし、
ただ、闇雲に塗ればいいというものでもない。
 
「塗り過ぎたら、音がガビガビになった」
「コントラバスの松脂を塗って弾いたら、弦が変な風にブリブリ跳ねた」
「本物の松脂を採ってきて塗ってみたらベトベトになった」
 
衝撃だったのが、ある独学初心者の体験談。
「『松脂をつける』と書いてあったので、鍋で松脂を溶かし、弓の毛を漬けたら白く粉が吹いたようになり、ゴワゴワになって使い物にならなくなった」
人間、知らないと何をするか分からない…。
 
塗り方を聞かれることがある。
弓の毛を松脂の平らな面にピッタリ付けて、
きっちり先から元まで、2~3往復塗る。
足りなければ足すという風にしておけば間違いない。
料理の味付けと一緒で、薄目からということで。
 
塗った後、試し弾きをして、
感触を確かめる習慣はつけておくとよいかもしれない。
「先から元まで万遍なく適量」を心掛けていれば、
いずれ、そのときに塗ればよい量が自然に掴めるようになる。
 
時折見かける「ガシガシ塗り」は、塗った量が分からなくなるし、
松脂の層に濃い薄いが出る可能性があるのでお勧めしない。
 
松脂の乗りや、その後の状態は、
その時の弓の毛の磨耗度、その日の天候や環境、使い方などで変わる。
しかし、人は微妙な差に対応できる能力は持っている。
足りなくなったときには、塗り足せばよいのだから、
それほど神経質になる必要はない。
 
市販されている有名どころの松脂なら、質的にはまず問題ない。
ただ、弓と、弓の毛と、弦との相性があることは確かだ。
 
以前は何も考えず、松脂一つで済ませていた。
しかし、集めて使ってみれば、製品ごとにかなり差があることを知る。
季節ごとに替える人もいるし、ブレンドしている人もいるから、
方向さえ間違えなければ、楽しみのひとつにもなるだろう。
 
ちなみに、買ったばかりの松脂、
表面があまりにツルツルで松脂が付かないときは、
目の細かいサンドペーパーで数回表面をこするとよい。
「カッターで表面を傷付け」という記述を見たが、これはあまり薦めない。
 
音質を高めるボウイング練習の代表は、ロングトーンである。
松脂の量が適量かどうかも、これで確認できる。
 
弓の毛の状態も、分かる。
弾いているうちに、みるみる引っ掛かりが悪くなったり、
しっかり塗ったはずなのに、最初から音が出ないときは、
弓の毛の表面が磨耗しているのだと考えられる。
 
そう、取り敢えず、開放弦のロングトーンをお試しあれ。
 
 
老夫婦が、小さな女の子を連れて散歩していた。
お孫さんと思われるその女の子が、とことことある樹の傍に行き、
目の前にある葉をむしると、「へんな はっぱ」と言う。
おじいちゃんが腰を屈め、説明を始めた。
「この木は『アスナロ』っていう木でね」
 
「『あしたはヒノキになろう』って一生懸命努力しているから、そういう名前が付いたって言われているんだよ」
その話は、聞いたことがある。
そして、女の子に聞かせるでもなく続いた言葉に、耳が吸い寄せられた。
「でも『アスナロ』の枝や葉っぱは、ヒノキより大きいんだけどね」
そうなのか…。
 
ヒノキになりたくても決してなれない悲しい樹…。
 
「あすは檜の木、この世に近くもみえきこえず。御獄にまうでて帰りたる人などの持て来める、枝さしなどは、いと手触れにくげに荒くましけれど、なにの心ありて、あすは檜の木とつけけむ。あぢきなきかねごとなりや。誰に頼めたるにかと思ふに、聞かまほしくをかし。」~清少納言『枕草子』第40段
 
「あすは檜の木とかや、谷の老木の言へる事あり。昨日は夢と過ぎて、 明日は未だ来たらず。ただ生前一樽の楽しみの外に、明日は明日はと言ひ暮して、終に賢者のそしりをうけぬ。」~ 松尾芭蕉『笈日記』
 
 
「上手になる」…その原点を見失っていないだろうか。
 
「あのぉ、弦の振動がよく見えないんですけど」
見えないのは、弦の振動だけではないのかもしれない。
 
素材としての“音”。
 
目の前でフルフル震える弦を見ると、
楽器が生きているような気がする。
それは、自身が吹き込んだ生命の一部でもある。
 
弦を、楽器を振動させることに、意識を集中してみる。
あれ? 結構、いい音が出るかも。
 
ヒノキに憧れるアスナロでいいかなとも思う今日である。
 
 
「まあ俺たちはスプルースとメイプルだけどね」byヴァイオリン。

 

ヴァイオリン弾きの手帖

ヴァイオリニスト、ヴァイオリン教師 森元志乃

第61回 日は花に暮てさびしやあすならふ

© 2014 by アッコルド出版