実はマニアックな選曲
「『井の頭わが街コンサート』という井の頭やその近隣地域在住のプロ音楽家とスタッフが中心になって、室内楽の演奏会を企画運営しているボランティア活動があるのですが、これは30年に亘って行なわれています。このような活動というのは、全国的に見ても、ほとんどないと思いますが、もう長年その活動を通して、井の頭地域の音楽家というのはわりと交流があるんです。それがご縁で小川哲朗さんとの共演になりました。
小川さんとの共演を決めたのは、一緒に花を咲かせたいと思ったからです。私は、音楽家はみんな花を持っていると思うのです。自分の中に。香り高い百合の花だったり、華やかなバラの花だったり、そうかと思えば、可憐な小さな白い花の人もいる。ずっと咲き続ける花もあれば、一日でしおれてしまう花、固いつぼみのままで終わってしまう人もいるかもしれない。
わたしはというと、すごく遠回りをしてヴァイオリンを弾いていて、つぼみどころか、花咲く前に腐りそうな状態に何度も陥っては再起、を繰り返している得体の知れない花、と自分では思っているのです。でも、やはり表現したいものが自分の中にある限り、私に限らずみんな諦めるべきではないと考えていて、そんな中で一度は退いたピアニストとしての人生に戻ってきた小川さんも、これからひと花咲かせられるつぼみを持っている人なのではないかと感じたのが、共演を決めたきっかけです。」
梶野さんの初CDは、全曲シューマンであるが、リサイタルでは、ロマン派を中心に様々な演奏家が登場する。
「シューマンとのつながりですね。奥さんのクララの作品、ブラームス、ショパンは、シューマンの論評でお墨付きをもらった人ですよね。ヴァイオリニストとしては、ショパンの作品を弾く機会というのはほとんどないですが、是非弾いてみたいと思って、いろいろ編曲を探したのですが、一番ヴァイオリンらしい効果が出ると思ったのが、ウィルヘルミ編曲のノクターン作品27-2だったのですね。
ショパンならではの叙情的な作品でとても素敵だと思います。ピアノで弾くよりヴァイオリンで弾く方が良いのでは、と思えるくらいの意気込みで弾くことのできる曲です。
バッハのシャコンヌは、シューマンがピアノ伴奏を付けた編曲で演奏します。ですから、これもシューマンつながりです。このシューマンのピアノ伴奏付き編曲のシャコンヌもコンサートでは滅多に弾かれないですね。ヴァイオリニンのパートは基本的には全く原曲と同じです。ただしシューマンが付けたダイナミクスの記号がピアノパートに入っています。
それにシューマンのピアノ伴奏のアレンジは、ロマン派そのものですので、そこにバッハのメロディを絡めていくのは、ある意味難しいと同時に興味深いものがあると思います。
プログラム全体を見ていただけると分かりますが、有名な作曲家ばかりですが、演奏する作品は、実はマニアックなものばかりです。」
CD作りで思う総合芸術
──シューマンのCDについて。
「演奏効果の低いと言われることもあるシューマンの作品ですね。ヴァイオリンの華やかさはE線の高音域で最も効果的に表現できると思いますが、そういうところをシューマンはほぼ捨てて、五線紙の五本の線の中にほぼ音が収まってしまうような音域で動くわけですが、一番音が通らない音域ですよね。特にピアノと一緒に演奏したら。
しかもけっこうリズミカルなことも弾かせる。ヴァイオリンの発音が遅くなりがちの音域をオン・タイムで弾かせるわけです。ですから特殊な技術が必要というか、普段よくやるのとは違った類いの技術を駆使しなくてはいけないのです。
私自身は、元々シューマンが好きで、彼の音楽はとても理解できる。そういう意味で、一体感というものをよく感じることがあるんです。他の方々の演奏もいろいろ聴いてはいたのですが、録音を終えてしばらく経ってからまた聴いてみたら、同じ楽譜なのに、これほど人によって解釈が異なるんだなぁと、ビックリしてしまったのです。改めて演奏することの楽しさや面白さを感じました。
CDづくりをしていて思いましたが、ブックレットを作ったり、写真撮りをしていくうちに、CDの世界そのものが、例えばオペラのような総合芸術のようなもの、つまり、演奏だけでなくいろいろな要素が合わさってはじめてできる世界のようなものに思えてとても楽しかったですね。ですから、徹底的にこだわって作りました。ジャケット写真もベルリンで撮ったものです。」
リサイタルを前に
「シューマンの時代は、ロマン派の真っ只中で、ある意味、クラシックの黄金期と言える時代と思うんです。その時代の音楽、その空気をまず楽しんでほしいですね。
シューマンというひとりの作曲家を巡って、多くの音楽家がいたということを。そもそも人とのつながり、というのはとても面白いと思うんです。そういった交流なしには音楽というのは生まれないと思います。
よく孤高の作曲家とか言われる人もいますが、でも何かしらの刺激がないと作曲意欲も沸いてこないじゃないですか。勿論、人からの刺激とは限らないけれど、でもやっぱり人間、他人との拘わりからは逃れられない。作品を演奏するのは、人ですしね。私自身が演奏するにあたっても周りの方々の影響を凄く受けていて、そうしたことが演奏の深みや表現の豊かさに繋がっているように感じています。クラシック音楽のそうした人間臭い一面も感じ取ってもらえたら嬉しいですね。」
熱情の果てにロベルト・シューマン
妻クララと友人達
ヴァイオリニスト
梶野絵奈さんに訊く
リサイタル直前インタヴュー
現役のヴァイオリニストとして初めて東京大学大学院に合格・入学し、その音楽観に磨きをかけている梶野絵奈さんが、シューマンのソナタ全集の録音を記念して3月20日、三鷹市芸術文化センター風のホールにてリサイタルを行なう。
3月25日には、ナミ・レコードより梶野絵奈さん初CD「シューマンソナタ全集」がリリースされる。
リサイタル、CD録音で共演されたのはピアニストの小川哲朗さん。
お二人とも、東京・井の頭の出身。リサイタルでは、地元出身のこども演奏家支援として、本公演開演前に“三鷹っ子による”ミニコンサートを企画するなど、新しい試みにも取り組んでいる。
梶野絵奈&小川哲朗リサイタル
R.シューマン ヴァイオリン・ソナタ全曲CD発売記念
2014年3月20日(木)19時
三鷹市芸術文化センター・風のホール
曲目:
ブラームス/FAEソナタより“スケルツォ”
ロベルト・シューマン/ヴァイオリン・ソナタ第2番ニ短調Op.121
ショパン/別れの曲(pf)
ショパン/ノクターンOp.27-2(Vn&Pf)
クララ・シューマン/PfとVnのための3つのロマンス
J.S.バッハ/無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番より“シャコンヌ”(R・シューマン編曲、Pf伴奏付き)
全自由席:3500円 親子セット券5000円
チケット取扱:宮地楽器小金井店042-385-5585
プロフィール
国立音楽大学卒業後、渡欧しオーストリア国立ザルツブルグ・モーツァルテウム音楽大学に入学。徳永二男、福崎至佐子、ユルゲン・ガイゼ、ハーゲン弦楽四重奏団らに師事。また、イヴリー・ギトリス、ルーカス・ハーゲン、ヒロ・クロサキ(バロックVn)らのもとで研鑽を積む。
ザルツブルグ留学中には室内楽で多くの演奏会に出演したほかに、名門モーツァルテウム管弦楽団でも活躍し、ザルツブルグ祝祭劇場やモーツァルテウム・ヴィーナーザール、ミュンヘン・ガイステーグでの演奏会にも出演した。またカナダにてカルビン・ジープのもとで研鑚していた期間中、ジョン・カズシ基金支援アーティストに選ばれ、同基金助成でソロデビューとなるリサイタルシリーズをオタワにて行なった。
2001年モーツァルテウム音楽大学修士課程を優秀な成績で修了し帰国。 帰国後はフリーランスの演奏家として活躍する傍ら、演奏指導にも力をいれている。自ら企画、トークと演奏をする”プチ・サロン・コンサート”を継続的に行ない、これまでに母校ピアノ科教授ニコラ・フリサルディ、講師ナディア・ルバネンコ、加藤まり、おぢか音楽祭音楽監督リサ・スミルノヴァらと共演。地域ボランティアの演奏活動にも参加し、三十余年の歴史を持つ「井の頭わが街コンサートの会」の演奏家メンバーとして数々の室内楽コンサートに出演している。
2007年に現役のヴァイオリニストとして初めて東京大学大学院に合格し、演奏の範疇に留まらずに「総合的なヴァイオリンの専門家」となるべく、この楽器の演奏史・文化史を対象とした学術研究に意欲的に取り組む。所属は、総合文化研究科超域文化科学専攻比較文学比較文化コース。
2009年に論文『明治期のヴァイオリン文化–「楽器」の文化的越境性を中心に』により修士の学位を授与され、現在は博士課程に在籍している。
2009年11月に同大にて、貴志康一生誕100周年記念シンポジウム『ベルリンの日本人 ―-1930年代、貴志康一とその周辺』を実行委員長として企画・開催。
2011年5月には梶野絵奈と長木誠司教授(東京大学大学院表象文化論コース)、ヘルマン・ゴチェフスキ准教授(東京大学大学院比較文学比較文化コース)との編著で『貴志康一と音楽の近代ーーベルリンフィルを指揮した日本人』(青弓社)を出版。
使用楽器は、ドイツの製作家ペーター・グライナー氏(Stefan-Peter Greiner)作の1998年製。