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インタヴュー

「ガスパール・カサド国際チェロコンクールin八王子2013」の審査委員長フランスチェロ界の重鎮、アラン・ムニエ氏に、フランス在住のピアニスト、船越清佳さんが、昨年の4月に引き続いて、インタヴュー。
ムニエ氏に、第3回目のコンクールを振り返っていただいた。

最終審査に残ったのは全員東洋系

 
――今回のコンクールは非常に高いレヴェルだったと伺いました。ムニエさんは国際コンクールの審査員を頻繁に務めていらっしゃいますが、第一次審査の段階からファイナリストの予想はある程度つくものなのでしょうか?
 
Alain Meunier「今回は希望者がとても多く、各国より160人以上の申し込みがあったそうです。まず書類選抜があり、32人が実際のコンクール出場者となりました。
 
一次審査で40分演奏できるというシステムは、世界の主要な国際コンクールに於いても稀少です。審査員の立場として興味深いことは、しばしば二次審査において、一次審査での出場者の印象が否定されたり、あるいは全く覆されたりという状況が起こることです。
 
一次で素晴らしい演奏をした人が二次でぱっとしなかったり、あるいは一次を『まあまあ』で通過した人が二次で俄然と実力を発揮したり……今までもコンクールの審査でこのようなシチュエーションによく出会いました。
 
一次審査では半数の16人が通過しましたが、大変だったのは二次審査です。16人から3人に絞らなければならなかったのですから!
 
最終審査に残った3人の出場者は皆、東洋系の方でした。もちろんこの結果は議論の余地のないものですし、ヨーロッパに対する愛国精神のようなものとは全く関係がありませんが、東洋以外の国からの出場者がファイナルに一人も残れなかったのは少し残念ではあります。国籍による美意識の違いというものは確かに存在し、それはとても興味深いものですから。
 
私が感銘を受けた出場者にコロンビア人の男性(サンティアゴ・カニョン・バレンシアさん)がいました。私は二次審査では彼にも投票し、彼はカサド賞を受賞しました。

 

私にとってファイナリストの三人の中、二人に関しては、一次審査の段階から明白でしたね。一位を受賞した中国人の男性(ホー・シーハオさん)は、二十歳という若さながらシューマンの協奏曲を技巧に傾くことなく、抑制の効いた深みのある演奏をしました。
 
2位の韓国人の女性(キム・ミンジさん)のエルガーの協奏曲も本当に素晴らしかったです。3位の方は韓国系のアメリカ人(チョ・ブラノンさん)ですが、彼のプロコフィエフの交響的協奏曲は内なる感情がこもった、「禅」を思わせる禁欲的とも言える演奏で、大変感銘を受けました。
 
……若いチェリストたちを聴きながら『彼らがこのように演奏することはもう今後決してないのでは?』と思えたほど、音楽、技巧両面にて彼らの演奏は完成度が非常に高く、圧倒される思いがしましたね……。

 

そしてファイナルには残れなかったものの、素晴らしい各国のチェリストたち……彼らの中には、並外れた才能に恵まれ、何でも楽々と弾けてしまうがうえに、音楽に対して厳格であり忠実であることをなおざりにしてしまう若者もいます。
 
たぐいまれな才能の持ち主の出場者がいました。ファイナルに残らなかったのはほとんどスキャンダルだと考えられたかもしれません。『才能』という点においては、コンクール中トップだったでしょう。
 
しかし『君はこのまま突っ走ったら、サーカスで芸をする動物のような〈ショーマン〉になってしまうよ』と忠告することも審査員の義務であり、責任でもあると私は思うのです。将来有望な若者なら、なおさらそのように注意を促すべき時期であったと思います。
 
飛びぬけた才能の持ち主だからといって、どのように弾いても許されるというわけにはいきません。『伝統』は確かに時代と共に進化していきますが、やはり音楽には語法や規則という『法』があります。音楽はまさに遺産で、後進はそれを守り、発展させ、また後世に伝えていく役目があるのです。そのためには『テキスト』から決して遠ざかってはなりません。私たちにアイディアを与え、導くのは常に『テキスト』であって、それが逆転してはならないのです。」

 

ありのままの自分を表現してほしい

 
――コンクールでは、時には極端に誇示的な演奏に出会われることもあるのでは?
 
A・M「そういうケースもあります。しかし、その『誇示』の方法があからさまであれば辟易してしまいますが、才能や洗練と共に軽々と示されれば、聴いているこちらも爽快に思い、微笑みたくなるのです。」

 

――残念な結果に終わった出場者の方には、どのようにアドヴァイスなさいますか?
 
A・M「コンクールの準備のために練習を重ね、身に着けたことは、大きな前進ではないでしょうか? この経験を次回への原動力にしてほしいと思います。またコンクールで受賞することが、唯一音楽の世界の扉を開くと思い込んでいる人たちもいますが、それは間違いです。幸運にも……! 音楽の道は他にいくらでもあるのです。
 
一方、審査員に自分を強く印象づけようという気持ちが先走って、いかにもその人らしくない演奏になってしまうのもどうかと思いますね。やはり出場者の方には、自分のありのままの姿で演奏をしていただきたいと私は思います。そして審査員としては、間違った判断を下したり、真の芸術家、真の才能を見過ごしたりして若い人たちを傷つけないよう、細心の注意を払わなければならないのです。」

 

コンクールの意義、改めて

 

 
――現代では昔ほどいわゆるエコール、流派による奏法の違いが顕著でなくなったと思いますが、コンクールという状況下、多くの国からの演奏家が集まると、やはり国籍やメンタリティの違いといったものが音色に現れるとお思いになりますでしょうか?
 
A・M「『音色』は非常にその人の性格を現わすと思います。室内楽などで一緒に演奏すると、その人がどんなタイプなのかすぐわかりますね。安易に型にはめるようなことは常に避けたいのですが、『音色』は『エコール』と関係がないとは言い切れません。
 
やはりアジア人の演奏には『大きな音で弾かなければ』という考え方や、ミス、失敗を恐れる傾向が見受けられ、それがおのずと音色に表われるのです。そのために、彼らの音色には自然に身をゆだねるようなリラックス感に欠けるのではないかと感じます。
 
しかし、状況は変わりつつあります。今回のファイナリストは皆アジアの方々です。彼らはこれらの問題を乗り越え、素晴らしい演奏をしたではありませんか。」

 

 
――「国際コンクール」は、若いソリストにチャンスを与えるということ以外に、どういった点で意義があると思われますか?
 
A・M「コンクールの最大の長所、それは皆を練習させることですよ!(笑)。そして、受賞者に演奏会のオファーが与えられるといったことも勿論ありますが、コンクールはそれ以前に、若い演奏家たちが出会い、お互いの演奏を聴きあい、交流し、自分のレヴェルを冷静に見つめなおす場なのです。
 
このようにトップレヴェルのチェリストたちが一堂に会すること自体が、コンクールの大きな意義であると私は思います。三度の開催でカサドコンクールのレヴェルは非常に上がりました。またオーガニゼーションの面でもトップレヴェルです。
 
パリのロストロポーヴィッチ・コンクールが中止となった今、チェロ界において、この八王子の『ガスパール・カサド国際コンクール』の役割はさらに大きなものとなるでしょう。」

「第三回ガスパール・カサド国際チェロコンクールin八王子」を振り返って
 審査委員長アラン・ムニエ氏に訊く

 Alain Meunier Interview
2013年12月28日 パリのムニエ氏のご自宅にて取材

インタヴュアー:船越清佳(ふなこし さやか・ピアニスト)

アラン・ムニエ  Alain Meunier

1942年、第2次世界大戦中のパリで男4人兄弟の3番目に双子として生まれる。

 

7歳からチェロを始め、13歳でパリ国立高等音楽院に入学、15歳で室内楽、16歳でチェロのプリミエ・プリを獲得する。

 

18歳から突如音楽活動を停止し、音楽美学や音楽学などを学ぶが、22歳で再びチェロを手にプラドを目指し、カザルスの前で演奏する。

 

イタリア・シエナのキジアーナ音楽院に入学し、卒業後、セルジオ・ロレンツォ主宰のアンサンブル「ピアノ・クインテット・キジアーナ」のメンバーとして活動。

 

24歳からキジアーナ音楽院で教鞭をとり、フランス・リヨン国立高等音楽院の教授を経て、1989年からはパリ国立高等音楽院の教授として後進の指導にあたる他、「ボルドー国際弦楽四重奏コンクール」の総裁を務める。 

船越清佳 Sayaka   Funakoshi                

ピアニスト。岡山市生まれ。京都市立堀川高校音楽科(現 京都堀川音楽高校)卒業後渡仏。リヨン国立高等音楽院卒。在学中より演奏活動を始め、ヨーロッパ、日本を中心としたソロ・リサイタル、オーケストラとの共演の他、室内楽、器楽声楽伴奏、CD録音、また楽譜改訂、音楽誌への執筆においても幅広く活動。フランスではパリ地方の市立音楽院にて後進の指導にも力を注いでおり、多くのコンクール受賞者を出している。


日本ではヴァイオリンのヴァディム・チジクとのCDがオクタヴィアレコード(エクストン)より3枚リリースされている。


フランスと日本、それぞれの長所を融合する指導法を紹介した著書「ピアノ嫌いにさせないレッスン」(ヤマハミュージックメディア)も好評発売中。

© 2014 by アッコルド出版

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