ヴィブラートは

何のためにあるのか

 

玉木「ノン・ヴィブラートでやれば音程がはっきり分かります。

 

だいたい、ヴィブラートをかけるということは、ここ百年くらいの習慣なんですよ。昔はヴィブラートなんか無かった。

 

ヴァイオリンがヴィブラートをつけるようになったのはサラサーテの時代からですよ。それまではヴィブラートなどなかった。パガニーニだってヴィブラートをつけていない。だいたい、ヴィブラートをなぜかけるか、その理由すら多くの先生は教えない。学校でも教えない。

 

モーツァルトのレクイエムをあるオーケストラがノン・ヴィブラートでやったことがありますが、もの凄く綺麗で天国的にハモっていました。ノン・ヴィブラートにすれば分かるんだもの、音程が。

 

ヴィブラートというのは、その他大勢のノン・ヴィブラートでハモっている世界から、メロディをくっきり浮かび上がらせるために使われるものだったんです、そもそもは。

 

『純正律』の世界でミが低いまま歌ってもソロには向かない。だからその場合には、ヴィブラートをかけたり、メロディは『ピタゴラス音律』でとったりするわけです。」

 

——たまたま第三音にメロディが来たら?

 

玉木「そこはピタゴラス音律で高くとっていいんです。ソリストはね。バックはダメです。そういう風に使い分けるんです。

バックが『純正律』で、ソロが『ピタゴラス音律』というのは、対比がくっきりして大変美しい。」

 

ベートーヴェンの作風が変わった理由

 

——我々は楽曲を演奏するときに、音律的にアナリーゼする必要があるのではと思いました。

 

玉木「例えば、モーツァルトからベートーヴェンで何故あれほど作風が変わったか? モーツァルトはミーン・トーンだった。初期のベートーヴェンもミーン・トーンだった。だから、初期のベートーヴェンはモーツァルトに似ているところがあるでしょう。ところが、ピアノ・ソナタの『悲愴』あたりから、ベートーヴェンの作風は明らかに違うんですね。これは何が原因か。ベートーヴェンは、ミーン・トーンから『キルンベルガー音律』に切り替えたんですよ。そこで作風の劇的な変化が起きた。キルンベルガー音律は一応すべての調に転調できる。転調しても音程はけっこう安定している。」

 

アルベルティ・バスの意味

 

——ピアニストも調律に徹底的にこだわる場合があって、それはやはり『音律』のこともあると思うんです。

 

玉木「ピアニスト内田光子さんは、モーツァルトのタッチが凄く美しいという評判がありますよね。これは一つにはミーン・トーンやヴェルクマイスターで調律しているということもあるでしょう。

 

だから〈モーツァルトの夕べ〉なんていうコンサートもあったりするわけですが、それを何で『平均律』でやっているのか!? そもそもモーツァルトはミーン・トーンで作曲しているんですから。自分の曲を『平均律』で演奏する奴がいたら殺してやる、と言っているんです(笑)。

 

『アルベルティ・バス』というのがあるでしょう。ドソミソ、ドソミソ、……と。これは、ミーン・トーンのドミソは綺麗だよ、ということをデモンストレーションしている音形なんです。それを『平均律』でやったら汚いですからね。それすら、みんな分かっていない。これはミーン・トーンの普及運動のための音形なんです。ミーン・トーンというのはずっと昔からあって、非常に『純正律』に近い。それでずっとやっていたんですが、バッハの時代になってポリフォニーの時代になり、いろんな調に転調したい、ということになって、いろんな人が新しい調律法を研究したんですね。

 

この当時『平均律』はまだなかった。だから『平均律クラヴィーア曲集』は『平均律』のために書かれたものではないんですよ。これは『ヴェルクマイスター第三』だろうと言われている。これは各声部がくっきりと浮かび上がってくる調律法です。だけどドミソを叩いたときは汚い。

 

かたやヘンデルはミーン・トーン主義者だった。ヘンデルがなんでバッハと並び称されるようになったかというと、後世にもの凄い影響を与えたから。

 

モーツァルトはヘンデルの影響を受けているんです。ミーン・トーンの影響を受けた。しかもヘンデルの作品は分かりやすい。バッハは作曲家としては凄いけれども、非常に分かりにくい。だから平明で美しい音のヘンデルに皆影響を受けた。

 

それでもう一度ミーン・トーンの世界に戻ろうよ、ドソミソは綺麗だろう?ってやった運動なんです、アルベルティ・バスは。」

 

そもそも

 

——玉木さんは、何故、音律のことに興味をもたれたのですか?

 

玉木「とにかくピアノの低音部の方のドミソが汚すぎる。低い方のミが高過ぎる。それなのに、なんでみんなは何とも思わないかな、と思った。中学のときから変だ変だ、と思いつつ、高校のときに、全音には、大全音と小全音がある。半音には大半音と小半音がある、ということ知って、長三和音にはこんなにいろいろな種類がある、ということを知って、びっくりした。これは芸大に行ったら、いろんなことを教えてもらえるだろうと思って一生懸命勉強して芸大に行ったんですけどね……。

 

ヨーロッパの音楽大学の優秀なところの伴奏学科では、ピアノ調律は人工的なものだから、ヴァイオリン弾きのミとか、ラの音程に逆らうな、と教えますよ。とにかくピアノのミは鬼門。で、メロディにミがあって、ピアノのコードにもミがあったら、浮かせろ、と教えます。場合によっては無くせ、弾くな、とも教える。それを強引にやると、ぶつかってとても汚い。その浮かせ具合をどのくらいにするか、ということを教える。

 日本から、多くの優秀なヴァイオリニストが留学しますよね。それでバリバリ弾いて、凄いと言われますが、そのあとに、ところで君のミはどうしてそんなに高いの?と言われてしまう。凄いカルチャー・ショックを受ける。」

 

音程感覚をつかむ

 

玉木「ハーモニー・トレーナー(写真参照)という道具があるんですが、こういうものを使えば、『音律』によってどれほど和音が変わるか分かるんです。ここで体験する音程感覚すら、多くのヴァイオリン弾きは知らない。情けないです。おそらく、管楽器の人達は体感上分かっているはずです。自然に『純正律』になっている。だって、そうしないと体に悪いしね(笑)。弦楽器の人達の多くは、体に悪いドミソをやっている。

 

それとヴァイオリン弾きは、みんな導音的な音程なんですよ。シャープは、みんな、導音だと思っている。メロディはいい。でも和音をそれでやられたら絶対に合わない。」

 

——どうしたら音程感覚をつかむことができるのでしょうか?

 

玉木「ピアノを使うのではなく、先生のヴァイオリンと生徒のヴァイオリンとの二台のヴァイオリンで勉強するのがいい。そうすると、ピアノと違うし、先生の方がセカンド・ヴァイオリンを弾いて音程が良ければ、上を弾く子供は、もの凄く音程が良くなる。ハーモニーの感覚が豊かになる。先生の音程も良くなっていくし、子供の音程も格段に良くなるんです。そのような教材を今作っています。

 

この方法は、ヴァイオリニストの水野佐知香さんもなさっていて、彼女自身驚いています。見事に子供の音程が良くなっていくと。ピアノで伴奏するレッスンはよくない。

 

世界の趨勢は

 

玉木「十二音技法などを捨てて、もの凄くプリミティヴなドミソの世界に戻っている作曲家というのはたくさんいる。特に有名なのはアルヴォ・ペルト、彼の曲はもの凄く透明感があるでしょう。

 

それから、グレツキの『悲歌のシンフォニア』などは二百万枚くらい売れている。この曲は延々とイ短調なんですよ。出だしから弦がイ短調の中でごわごわうごめいているんですよ。十何分間。そんなに長くやっているとそのうちみんな音程が良くなってくるんですよ。同じ事ばかりやっていますから、だんだんと音程が純化されてくるんです。『純正律』になる。その『純正律』で気持ちよくなったときにソプラノが出て来る。それでもの凄く訴える力が強くなる。

 

今、北欧系の作曲家は『純正律』が凄く多いですよ。僕はたぶん、日本で一人か二人の『純正律』で作曲している作曲家です。」

 

これからは音律の勉強を

 

玉木「僕はよくヴァイオリニストと話をするんですけどね。ヴァイオリニストというのは、男も女も酒飲んで徹夜して話をすると、音程のことばかり話している。『あなたどういう音程をとるの?』とか。そんな事言ってもね、考え方も知識もなくて何の基礎もないのに、一晩中酒飲んで、音程、良い悪いなんて言いあってたら、最後には殴り合いの喧嘩になりますからね(笑)。

 

はっきりとした勉強をしていないのにそんなこと言いあっても無駄ですよ。だいたい先生自身が分かっていない場合がある。僕は芸大の一年に入ったときに、弦楽合奏の授業で、ある先生が『ミを高くしないと合わないんだよ』というから、『先生、違うんじゃないですか。こうでしょう』とやった。そしたら四年間僕は干されましたよ(苦笑)。」

 

——たとえ勉強していなくても、本能的に良い音程だな、悪い音程だな、ということは分かりますよね。議論の余地の無いほど音が外れてしまった場合を別として、我々は何を基準に音程が良い、悪いと感じるのでしょうか?

 

玉木「ヴァイオリンだったら、明らかに、『純正律』の和音を重音で弾いてみれば分かるわけです。でも、みんな『平均律』的に音程をとる。

 

これは、僕しか持っていない弓だけれども、これで重音を弾けば、音程が良いか悪いかすぐ分かる(写真参照)。バッハの無伴奏曲など、明らかに『平均律』とは違う。」

 

——大家の演奏でも、バッハの重音が美しくないことがままあります。

 

玉木「これはね、一つには『ピタゴラス音律』でとってしまうからなんです。『ピタゴラス音律』のミは『平均律』のミよりも高い。その癖があるんです。メロディを弾くときの音程のまんまでドとミを弾くからとても汚い。

 

ヴァイオリンをガシャガシャ弾くことが『さらう』ことだと思っているわけですよ。弾く前に、どうやったら音程が良くなるのかを冷静になって考えれば、ガシャガシャ弾くこともなくなる。それをしないで練習しても上手くなりっこない。」

 

音律を考えた演奏教育が必要

 

——『音律』を考えることによって、ヴァイオリンの演奏技術を高めることができるのでは。

 

玉木「そうなんです。『音律』を考えてヴァイオリンの技術は高まる。それが上手く行けば、というか、それが本当は最初なんですよ。

 

今の教育は一方的なんです。最初からピタゴラス的な音程ばかり教えるけれども、実は『純正律』でミは低めなんだよ、と教える先生がほとんどいない。」

 

——でも、このような話をしたら、皆驚いて嫌がる人もいるでしょう。

 

玉木「そりゃ、知らないことを言われたら嫌がるでしょうね。僕はこの『純正律』の話をよくアマチュアの方や学生たちにするんですが、彼らは非常に素直に耳に入る。絶対に耳を傾けない人間はプロの中にいる。

作曲家にはピアニスト兼作曲家という人が多いでしょう。で僕はよく彼らにも『純正律』の話をして体感してもらう。そうすると、皆、一応分かるんですね。だから僕は、もっと『純正律』の勉強しないか?と言うんですが、『悪かったな、俺、〈平均律〉だもの』(笑)となる。」

 

——『音律』の使い分けが、ヴァイオリン奏者の技術の一つとなるのでしょうか?

 

玉木「もうねぇ。日本のヴァイオリンは世界に冠たるものがあって、これ以上は上手くならないですよ。飽和状態。じゃあ、これから何をどうやったら突き抜けられるか? もう、ヴァイオリンを上手くなろうなどと思わないで、立ち返って『音律』の勉強をしてくれ、と言いたい。

 

どういう音程をとったら、聴衆の心が和むのか。ドミソのミの音の高さの違いが、どれだけ人の心に訴えかけるのか。

 

世界中に今癒やしの音楽のブームが来ていますが、ポップスの世界でも『純正律』の世界が浸透してきています。必ずミが低いです。北欧系はみんな『純正律』ですよ。圧倒的に今、『純正律』系の方が多いです。エンヤも『純正律』です。

 

日本は『音律』に関してはもの凄く後進国です。まず早く気が付いて、何とかしよう、という人間が現われてこないと。

 

音楽としてどうあるべきか、ということを早く皆さんに考えていただきたい。」

 

アマオケは

昔のママさんコーラス状態?

 

——アマチュア・オーケストラが『音律』から練習していくことによって、飛躍的に伸びるということが考えられないでしょうか? もし、オーケストラが(オーケストラに限りませんが)、今まで以上に『音律』を意識して、使い分けることを多少トレーニングしたら、一皮も二皮も剥けて、未知の世界に入ることができるのではないかと想像するのですが。

 

玉木「それは一つの方法論ですよ。でも、そればっかりやっていたら、それこそみんな嫌がりますからね。オーケストラやっていて楽しいね、という状況にすぐにはなり得ませんからね。だけど、基礎訓練はやるべきです。

 

コーラスの世界。これは今や、ノン・ヴィブラートで、もの凄く綺麗にハモる傾向にあるんです。『純正律』運動みたいなものです。オーケストラもそうならなくてはいけないんです。今のアマチュア・オーケストラの多くは昔のママさんコーラス状態です。みんなでウワーッとやって終わり。もうちょっと静かにノン・ヴィブラートで音程とってみよう、ということがあってもいいのではないですか。そんなこと言われなくても、ブラスのファンファーレは音程に気をつけていれば、ピタッと合うわけでしょう。そのときの快感。それを弦楽器の人にもやってほしい。」

 

——しかし、これは大変なことで、この『音律』の話をすると、嫌がる人が多くて、風当たりも強い。

 

玉木「そういう人は、ここに連れてきてください。」

 

——でも、今までやってきた音楽人生を否定しかねないじゃないですか。だから皆さん機嫌が悪くなるんです。

 

玉木「いやー、それは否定してやった方がいい。僕は実際にヴァイオリンを弾きますし、若い人ともアンサンブルをします。そのときに指摘すると、びっくりされますが、やれば分かります。分からない人は、どうやったらハモるのだろう、と四苦八苦して何時間練習しても合いっこないんだから。

 

そもそも弦楽四重奏をやるときに、『純正律』にならない一番の原因は、無自覚に音程をとるチェロにあるんです。チェロって自信たっぷりに音を出すじゃないですか。だから音程が良いものと思っちゃうじゃないですか。でも最大の問題は『平均律』的にとってしまうことにあるんです。」

 

歴史上の意見

 

玉木「良い音程というのは、どういうものか、ということを突き詰めた方が良いですよ。何をもって良い音程か、というのを弦楽器の人達は、『こうだ!』と言い切れますか?

 

僕が言っているのは、僕の意見じゃなくて『歴史上の意見』ですから。それは、勉強すれば分かることですよ。『純正律』はこうだ。『ピタゴラス音律』はこうだ。『平均律』はこうだ、と。そういうことみんな体系立てて勉強していないから何も言えないわけだ。それで一晩酒飲んで喧嘩したって何の解決にもならないでしょう?」

 

学生さん達の反応は

 

玉木「学生の反応は無茶苦茶面白いです。例えば『小・中学生の頃、ブラスバンドやコーラスで『純正律』の話を聞いたことがあるけれど、こういうこととは全然知らなかった』とか『まったく違う世界があることをはじめて知った』。

 

それから、ピアノ科の学生で『私は衝撃を受けた。ピアノの音程が間違っているなんて言う人に初めて会った。私はこれから一生ピアノをやっていかなくてはいけないのに、余計なことを先生は教えてくれた。私の一生をどうしてくれるんですか』とかね(笑)。何言ってんだ。簡単ですよ。ピアノの音程が良いなんて思うな、ということですよ。

 

僕はピアノと一緒にやるときに、『玉木さん、音程が悪いですよ』と言われたら頭に来ます。ピアノの方が音程悪いのに。そもそもピアニストは自分で調律しないじゃないですか。調律師任せでしょう。自分で調律もしないで音程をとる苦しみも知らないで何を言ってるんだ。

 

ピアノだって、調律師によって全然違うんだから。本当に腕のいい調律師に『あなたの音程の狂わせ方は、本当に上手いですね』と言ったら本当に喜びますよ。ピアノの調律というのは、合っているところから壊していくわけですからね。オクターヴはもちろん合わせて、その次、ドとソを完全五度で合わせる。濁りのないドとソは誰でも出来るんです。そこから、すこーし、狭めて〇、八秒に一回うなりが生ずるようにしなければいけない。」

 

指が廻るより

音程が一番

 

玉木「僕はだいたい、一般の音楽界に興味がないし、その音楽界も『音律』の話に興味がなさそうだから、僕は地獄の世界だな、と思っていた。そこへあなたから話を聞きたいと言ってこられた。それはいいチャンスではあるけれど、あまりにも世界が違いすぎるので、僕の話は、いろんな人に衝撃があるだろうな、と思う。弦楽器を弾く人は頑迷固陋な方が多いですからね。もし、抗議とか質問が殺到したら、また誌上でお答えしてもいいですよ。言いっぱなしではいけませんからね。

 

でも、僕は文句のある人がいたら来てもらって、『純正律』の世界を体験してもらったら、明らかになるだろうと思う。

 音程が良い、ということが一番です。指が廻るなんてことよりね。」

 

——音程に音楽性があるわけですね

 

玉木「そうなんです。やたらと機械的に指ばかり動かして、結局、ソリストとして指の廻る研究しかしていないから。アンサンブルの研究をしていない。学校でも教えない。だから、欧米のオーケストラのオーディションへ行くと、皆、指がもの凄く廻るからみんな驚くわけです。でも、オーケストラの中に入って弾くと、滅茶苦茶な音程で弾くから、『何、この人』になっちゃうわけですよ。しかも、オーケストラをちっとも楽しそうにやらないしね。

 

みんなね、ソリストになれなかった残党という意識が抜けきれない。」

 

——それは、まったく本末転倒な話ですよね。

 

玉木「そうなんですよ。ソリストというのは万に一つになれるかなれないかの世界ですよ。最初から良いオケマンとしての教育を受けた方が、音楽性が拡がるんです。

 

僕も、オーケストラをやっていたことがありますが、オーケストラをやっていて一番楽しいのはヴィオラですね。上の音がよく聞こえるんですよ。ファースト・ヴァイオリンなんて最悪。メロディばかりやっているから、他の音なんて聞こえてこない。僕は、オーケストラでファースト・ヴァイオリンを弾くことが嫌いなんです。」

 

——話は尽きませんが。

 

玉木「いや、本当にいろいろ興味深い話があるんです。♯と♭の由来とか、そういうことから遡っていけば、『ピタゴラス音律』と『純正律』に必ず遭遇しますね。面白いんですよ。推理小説みたいに。」

 

玉木さんは、もの凄く指が廻ることを重要視していないようだが、実は、自身もの凄く指の廻る方だった。最初に演奏を見たとき、何故こんな凄い人がクラシックの世界で活動していないのだろう、と思ったくらいだ。

 

我々は何故、音程に悩み苦しんでいるのだろうか? いったい音程の何に対して悩んでいるのだろうか。もしかすると、音律のことを把握してからでないと、音が高い、低いと言いあっても、これは不毛の議論になるのではないだろうか。

 

ある人にとって良い音程だと思う音が別の人にとっては良い音程だと思わないことがある。

 

微妙な音程で良い、悪いと思ったりする理由が『音律』だとしたら……。

 

そして、もし、音律を意識し、訓練することによって、至福の音を体感することができたら。

 

『音律』が音楽の全てではないことは承知している。でも、だからといって、それを理由に逃げることは、クラシック音楽の最もクラシック音楽たる所以から、目を背けることになるのではないだろうか。

 

玉木ワールドへの招待2

玉木宏樹さんとの出会い(その2)

取材・青木日出男 編集協力:純正律音楽研究会

 Hiroki Tamaki(1943年〜2012年)神戸生まれ。1965年、東京芸大ヴァイオリン科卒業。作曲は10歳より始める。学生時代から、東京交響楽団の団員となるが、集団生活になじめず逃亡。また平均律跋扈のクラシックに根本的疑問を抱きドロップアウト

 

山本直純氏に作曲と指揮を師事し、映画やTVドラマ等で作曲活動開始。一方演奏活動の方では弦楽四重奏団を結成し、クラシックだけではなく、全員エレキ化して、ジャズやロックシーンにも進出。作品としては、MIDI出現以前に7台のシンセサイザーとフルオーケストラとのための交響曲<雲井時鳥国(くもいのほととぎすこく)>をライヴ録音し、話題となる。

 

その他、ピアノのための練習用組曲「山手線」以下多数。TVは「大江戸捜査網」(テレビ東京)「おていちゃん」(NHK朝のTV小説)「怪奇大作戦」(円谷プロ)他多数。CM千五百曲。純正律にこだわり続けて30年。ソニーより、日本初の純正律CD「ピュアスケールによる理想的ストレス解消」リリース。その他CD多数あり。

 

http://just-int.chu.jp/index.html

 

© 2014 by アッコルド出版