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ヴァイオリンは、何調の楽器か?

 

このテーマからして、驚きだった。玉木先生から、この質問をされたとき、面食らった。

「エッ! ……C dur?」

「バカモン!」

 

 

この質問の意味するところから、説明したい。

 

管楽器の場合、移調楽器が多い。つまり、その楽器のドを吹くと、実音Cであるとは限らない。B(B♭)だったり、Dだったり、いろいろある。であるから、B管とか、D管とか、F管とか言われる。B調、D調、F調と言い換えることもある。つまり、そういう意味での何調の楽器?と玉木先生は問われたのだ。

 

でも、ヴァイオリンは移調楽器? どうも釈然としない。

 

そもそもヴァイオリンが何調の楽器?なんて考えたことがなかった。

結論を書く前に、勿体ぶるわけではないが、移調楽器が主体である管楽器の場合をさらっておきたい。

 

管楽器がすべてC調だったら、スコアの譜読みのやっかいさから開放されるだろう。ただ、そもそも移調楽器にはそれなりの移調された理由がある。が、それはここでは触れない。

 

移調楽器の楽譜は、やはり移調されて、in B in D in Es in E……とか書かれている。が、実際は、楽譜の調性と楽器の調性が一緒とは限らないので、in Dの楽譜でも、C管やB管で吹いたりする。ヘンデルのメサイアを吹くとき、in Dの譜面をピッコロのA管で吹くようなこともある。

 

ゆえに、楽譜と楽器との調性が異なる場合は、読み替えないといけないのである。つまり、移調読みするのである。これがなかなかしんどいのである。

 

話が逸れそうだが、楽器の管と楽譜の調性の組み合わせは、順列組み合わせのように無数にある。ただし、どの組み合わせを選ぶかは、その人の音楽性と人間性と経済力に関わる問題である。

 

 

クラリネットには、主にB管、A管。ホルンはF管、B♭管…がある。

私は長い間、B管の楽器(Tp)を吹いていたから、B調の楽器という言い方に違和感はない。トランペットにはC管もあるから、C調という概念もある。(人間はC調ではないはずである。)

 

 

もっと言えば、B♭、C、D、E、Es、F、G、ピッコロのA、B♭、C管……がある、さらにもっと言えば、特注でCis管を作った人がいるから、何が何だかわけが分からない。

 

こういう楽器を吹く私がもし絶対音感を持っていたら、どうなるのか。これは想像するだに恐ろしい。おそらく楽器を演奏すること自体不可能なのではないだろうか。

 

私自身は、絶対音感がなくて、むしろ助かったと思っている。管を持ち替えても、パラパラッと吹いてその楽器のドレミファソラシドの音程をつかめば、その管はとりあえず吹ける。初めて乗る車でも、200メーターくらい走ったら、その車の癖をつかむことができるが、それと似たようなものだ。

 

一般的にこんな理屈はないが、私は自己流に次のように言っている。

 

楽器を吹くときは、「調性の異なる楽器に持ち替えることによる相対音感による強制的移動ド」、譜面を読むときは、下線第一線の記譜上のCをドと読む「固定ド風譜読み」などとうそぶいていた。

 

というわけで、管楽器には、何調の楽器、という概念はごくごく自然で普通である。

 

しかし、ピアノとかヴァイオリンに対して、そもそも、そういうことを考えることってあるのだろうか。

 

管楽器奏者にとって、好もうと好むまいと、そこに移調楽器が厳然と存在があり、最初から吹かざるを得ないので、移調楽器には自然と慣れる。何調の楽器?と問われても、違和感はない。だがヴァイオリニストにとって、何調の楽器?と問われたら、面食らうのではないだろうか。

 

さて、それでは玉木先生のお答えである。

 

玉木先生は、

「よく考えてごらんよ。ベートーヴェン、パガニーニ、ブラームス、チャイコフスキーの協奏曲はすべてD durでしょう。モーツァルトの四番もD dur。三番も五番も近親調のG dur、A durじゃないか。」

 

「はい、だから?」

 

ここに至って、玉木先生はまたしても激怒された。

 

「Dを主音とすると、属音のA、下属音のG、属音の5度上のE、それぞれすべてが開放弦になっている。つまりヴァイオリンはD調の楽器である。」

 

うーん、なるほど、そういうことなのか。管楽器(トランペット)の場合、言うまでもなく主音は、ピストンを押さない開放の音であるから、その結論はなるほど、と思った。

 

しかし、ヴァイオリンの譜面は、移調楽譜ではない。in Cである。楽器自体はD調でも、譜読みはC調、実音読みとは、これいかに。

 

面倒でも、曲によっては移動ド読みした方が音楽的なのでは、とか余計なことを思ったりしたのだが、かみさんに聞くと「管楽器の何調の楽器、という話と、玉木先生のヴァイオリンは何調の楽器か、という話は全然意味が違うでしょう!!!」と一喝された。

 

ま、確かにそうだが、何となく釈然としないので、玉木先生に「では、譜読みもD調の楽器として、移動ド読みするべきなのでは?」とあえて問うと「そんな必要どこにあるのか!!!」とまたしても一喝された。

 

しかし実は、この話がきっかけとなって移動ド読みの話がテーマになっていったのである。これは別の項に委ねたい。

 

 

文・青木日出男

 

 

 

 

第1回 ヴァイオリンは、何調の楽器?????

新連載・玉木ワールドへの招待

© 2014 by アッコルド出版

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