ウクライナのディアナ・ティシチェンコは本選では些か不本意な演奏に終わったか。

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韓国系アメリカ人クリスタ・リーは、マイクで音を拾ったストリーミング配信ではあまり問題点を感じさせなかったかも。やはりコンクールは最終的にライブでないと判らないことも多い。最高位2位を得る。

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仙台の人気者ボムソリ・キムは大作を破綻なく弾き切り、最高位2位を分ける。

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2013年の全ての闘いが終わり、ミュンヘンのレジデンツ宮殿に夜のとばりが訪れる。来年は世界中の若く腕達者なピアニストやチェリストがこの会場を目指す。

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日曜日午後、2013年のミュンヘンARDコンクール最後を飾るヴァイオリン部門の決勝が行なわれた。流石にヴァイオリンのファイナルともなるとヘラクレスザールもほぼ満員。公園に向いた入口には「チケット買います」というボードをかざす人々が何人も見える。楽器ケースを抱えた同胞や、親戚の活躍を眺めんとやってきた一族郎党の姿も。

 

本選に駒を進めた3名の演奏を手短に紹介しよう。演目はロマン派の大協奏曲。バックを務めるのは、アントニノ・メンデズ指揮するバイエルン放送交響楽団という豪華版だ。

 

最初に登場したのはウクライナのディアナ・ティシチェンコ。マーラー室内管のコンサートミストレスも務めるこの若き女流、セミファイナルでのハイドンのハ長調協奏曲は細部の表現力に富み、多数耳にした韓国系の達者な技巧とは質の異なる音楽が印象的だった。シベリウスを選んだ本選の演奏はどうも本領発揮とはいかなかったようで、終楽章では些かバテバテ気味。大オーケストラをバックにしたソリストとはちょっと違うところで発揮される才能なのかも。

 

続く韓国系アメリカ人のクリスタ・リーもシベリウスをひっさげ登場。2次予選では、プロ中のプロでも嫌がる音程維持が難物のシューベルト《幻想曲》を披露。完璧なコントロールで吃驚させられた。本選でも、減点法で眺めれば殆ど欠点のない演奏を披露してくれたが、やはり巨大なオケを前にひとり対峙するパワーとは異なる音楽で、名人独奏の協奏曲を聴く醍醐味には乏しい。こういう演奏もあり、という説得力を付けるには、まだまだ時間が必要だろう。それなりにブラボーも飛んでいた。

 

休憩後に登場したのが、仙台コンクールの入賞者にして聴衆賞も獲得、日本では一部で既に人気の韓国人女流、ボムソリ・キムである。選んできたのは大曲中の大曲、ブラームスだ。一定の音量を保った丁寧な音楽は好感が持てるが、やはり巨大な第1楽章の構築性は作品に任せ、カデンツァが来るまで聞き所はお待ち下さい、という感じは否めない。第2楽章では高音勝負に徹した線の細い歌を奏でる。他のやり方もあろうが、この音楽家の持ち味からすればこれはこれであり、と納得させたのだから立派なものだ。終楽章でもロンド主題をスケールの大きな歌として歌い切るパワーには欠けるものの、オケの好サポートに助けられ破綻なく乗り切った。

 

3人共がロマン派巨大協奏曲を力でねじ伏せるタイプではなく、どの演奏も会場総立ちのブラボーという反応には至らなかった。参加者の中に協奏曲を得意とするタイプの奏者がいなかった筈もあるまい。3つの予選を通して才能に篩をかけ万能型奏者を選抜する旧来型のコンクールの限界を露呈した、とまでは言わないが、まだまだ他の良い才能もあったろうにと感じさせてしまうファイナルだったことは確かだ。

 

結果は、クリスタ・リーとボムソリ・キムが2位を分けた。筆者とすれば、極めて妥当にして現実的な判断に思える。審査員諸氏、お疲れ様でした。

 

結局、今年のミュンヘンARD国際音楽コンクールでは、優勝を出したのはヴィオラ部門のみになった。20世紀のミュンヘン大会が戻ってきたような状況を、今年の水準は高くなかったと結論するか、審査員団が厳しすぎたと断ずるか、判断は歴史に委ねるしかない。

 

2014年のミュンヘン大会は、ピアノ二重奏と打楽器の他に、チェロとピアノというスター楽器がラインナップされている。今年に増して華やかな大会になりそうだ。

 

 

北太平洋を跨ぎカナディアン・ロッキーへと分け入り、とって返しては再びシベリアを越え秋祭りを迎えるバイエルン州都へと至った3週間と少し、多くの音楽家たちの様々な音楽を聴いてきた。筆者にしてみれば娘や息子ほどの歳まわりの才能溢れる若者たち総計106人が、おのおのが20年近くの時間をかけ積み上げた全てを、舞台の上から伝えようとしていた。数十メートル離れたところでそれらを聴き、リズムがどうだ、テンポがああだ、音程がこうだなどなど、勝手なことを口走ってはここに綴ってきたわけである。

 

思えばなんとも因果な商売だ。まさか、若者たちに許してくれと頭を下げるわけにも行くまい。が、本音を言えば、ホントにホントに「ゴメンナサイ」である。

 

「コンクールは参加に向け練習し研鑽を積むことに意味がある」とか、「ここに集まった者たちは全てが優勝者である」とか、舞台の下にいる我々は簡単に言う。確かにその通りだし、若者たちにしても、そう言われればそうだとは思ってくれるくらいは賢かろう。だが現実として、やはり勝者はいる。そして当然ながら、敗者もいる。106人の中に、マスメディア的な意味での勝者は、ひとりと1団体4人しかいない。

 

勝った者らは音楽業界の注目を浴び、主催者側も自分らが選んだ才能として責任を持って特別な扱いをしようとする。残りの101名は、ことによると、この場所にいたことすら二度と語るまいと思っているかも。

 

3週間の若者たちの姿を追う旅を終え、ミュンヘン中央駅からフランクフルト空港駅へと向かう特急ICEに揺られながら、この2013年晩夏の「コンクールだより」エピローグを記している。

 

今、列車はニュルンベルク中央駅を出たところだ。そういえばこの街のオーケストラにも、18年前にクァルテットの第2ヴァイオリンとしてバンフの舞台で演奏しファイナリストとなり、キャリアの出発点を作った男がいる。10数年に亘り弦楽四重奏メンバーとして日本を含む世界で演奏活動を繰り広げたものの、数年前に病気で飛行機による長距離移動が不可能となり脱退。旅行が殆どないドイツの地方オーケストラに職を得た。ヴァイオリン2次予選後に会場前のレストランで会話をしたその男の親戚に拠れば、身体に楽だと思ったオーケストラ生活は想像以上に厳しく、今再び、転職を考えているという。そういう音楽家人生もある。

 

そういえば、5年前にバンフの舞台で弦楽四重奏を弾いていた娘が、楽器をヴィオラに持ち替え、今回のミュンヘン大会で唯一の優勝者になっていたっけ。そういうことだって、やっぱりある。

 

多くの音楽家にとって、コンクールは旅の始まりに過ぎない。これから先、106人の音楽家には、106通りの長い人生の旅が待っている。敢えて言おう。優勝した5人を追いかける関心は、筆者にはない。それは他の多くの人々やメディアがやってくれることだ。それよりも、この瞬間に挫折を感じ、悲嘆に暮れていよう残り101人の姿の方を見ていきたい。

 

なぜならば、コンクールの真の勝者とは、この夏に下された結果に諦めなかった者なのだから。

 

紙を離れたこの「アッコルド」という新しい媒体が、そんな若者たちの姿を追い、共に歩んでいけるものであってくれることを、切に願う。あと10数年くらいは、まだ筆者も君たちの姿を見ていく時間が残されているだろう。もう暫く、宜しくお願いします。

 

次は、大阪初夏の陣。

ミュンヘンの演奏会場は、ファゴット予選が行われた近代的総合芸術センターのガスタイクを除けば、どれも19世紀から20世紀前半のバイエルン王国の栄華を感じさせる擬似バロック宮廷建築ばかり。旧王宮内のヘラクレスザールも、重厚な擬似バロックと第三帝国様式の混交体だ。

旅の終わり・旅の始まり  音楽ジャーナリスト 渡辺和

ミュンヘン便り(その6・最終回

ミュンヘン国際音楽コンクール

Internationalen Musikwettbewerbs der ARD München

© 2014 by アッコルド出版