インタヴュー

ヴァイオリニストの荒井雅至さんと、我が国音楽界の重鎮、ピアニストの小林道夫さんとのデュオ・リサイタルが、7月17日のコンサートで、25周年を迎える。荒井さんがライフ・ワークの一つとして捉えている小林道夫さんとのデュオだが、25周年の今回のコンサートが最後になる。このリサイタルを前に、荒井さんに、小林さんとのデュオを振り返っていただいた。
 

音楽生活の生き様

 
「1989年の11月7日に小林先生との最初のデュオ・リサイタルを行ないました。そこからずっと連続です。私のモットーとして、継続は力なり、という言葉があるのですが、継続だけではなく、継続できるための力の保持に務める、これが私のベースになっていることです。」
 
――最初からこのような長期に亘って継続しようと思われていましたか?
 
「先のことまでは、最初の頃は、考える余裕もありませんでしたし、そういう状況でもありませんでした。とにかく毎年の積み重ねをしてゆきたい。これは学者が論文を書くように、我々も研究した事を発表し表現していかねばなりませんから、勉強の一環ということでした。小林道夫先生という大先生の指導を仰いで、自分もその方向で伸びていきたいということでした。」
 
――小林道夫先生との出会いは?
 
「私が、読売日本交響楽団でオーケストラの活動をし、そしてウィーンへ留学し、ワルター・バリリ先生の下で研鑽を積み、そして次に母校である国立音楽大学に戻ったとき、小林道夫先生は、演奏活動の傍ら、大学院での教授活動もされていました。その時、アンサンブルの勉強をするのであれば、小林先生に師事するべきだという推薦があったのですね。」
 
――小林道夫さんから得られたものというのは。
 
「これは、もうきりがないくらい、いろいろなことを受けました。まずは、音楽に対する姿勢です。ふだんどのように音楽に接するのか。音楽生活の生き様、というのでしょうか。ひと言で言えば、音楽全般に影響を受けました。」
 
――ふだんの生活そのものが音楽に直結している、ということでしょうか。
 
「そういうことですね。演奏家ならば当然のことですが、一つの演奏会に対してどのように向かっていくのか。
 例えば、小林先生は車にお乗りにならない。すべて歩行なのですが、彼の歩く姿、そこからして、すでに彼の音楽なんです。
 
例えばヴァイオリンを演奏するフォーム、そこを突き詰めて考えると、私は最終的には足腰に来ると思うんです。歩くときの腰の使い方というものが重要だと思います。それは小林先生からもヒントを得られた。
 
これは去年の11月のコンサートのときのことなんですが、いろいろなアドヴァイスを受けたなかに、いろいろ考え過ぎずもっと自然に、といったものがありました。その言葉で開き直ったんです。で、何をしたかというと、単純に腰を伸ばしたんです。そしたら途端に音色が変わったんです。私は考えに考えて、いろいろなことをやっていたんですが、最終的には、人間が単純に自然に立つ、というところに落ち着いたんです。小林先生の歩行も非常に自然であると。それが、私のフォームに結びついたんです。
 
――荒井先生は、常に奏法に関して研究されていますね。
 
「靴もいろいろ試していますが、MBTの靴がいいということで今二足めです。不思議なのですが、私が3、4歳の頃に怪我をした足先の指の感覚がずっと鈍かったのが、その靴のおかげで、神経が戻ったというのか、通じたというのか、感覚が戻ったんです。
 
結局、ヴァイオリンを弾くという動作は、自然体が一番いいと私は思います。例えば、左手の肘の位置ですが、私くらいの年齢になりますが、肘を内側に入れて弾くのはとてもつらいものがあります。ですから、私は自然な位置にしています。
 
最終的には、私がさらにどんどん元気にこれからも弾けていれば、一つの奏法としてそれは正解である、ということの証明になると思うんです。」
 
――25年目にして、小林先生から、これで最後にというお話があったそうですが。
 
昨年、小林先生は80歳のお誕生日を迎えられて、そこからメモリアル・コンサートが行なわれているのですが、それが今年、大変に忙しいスケジュールなんですよ。さすがに80歳を超えられて、コンサート後の回復に多少時間がかかるようになられたようなんです。ついてはこの7月の25周年のコンサートを最後にしましょう、というお話がありました。
 
私にとっては神様のような方ですから、そのようなお話があれば、残念ですが、小林先生のご意向を尊重せざるを得ないですね。そのお話を戴いたときに、勿論、愕然としましたし、いろいろな思いがよぎりましたが、考えてみれば、いつか終わりが来る事は、勿論判っていました。それが今回になった、ということですね。」
 

最後に、原点であるモーツァルトを

 
――今回のリサイタルのテーマは、“モーツァルト ヴァイオリン・ソナタの夕べ”ですね。
 
「当初、モーツァルト、ヴァイオリンの因縁話、というテーマで、ナレーションが入ったものを企画していたのですが、実はその台本が長くて、今回は実現できなかったんです。いずれこの企画は実現させたいと思います。
 
そういうわけで“喜怒哀楽”をテーマにしたんです。
モーツァルトが、母親を亡くした頃のK.304で始まりますから、正に喜怒哀楽なんです。K.454は愛のテーマ。
 
第二回めのコンサートのプログラムに小林先生は、第一回めのコンサートで演奏したモーツァルトの合わせの時の私の演奏に対する印象を書いて下さったですが、それが言ってみれば、すべてです。小林先生からは、毎年極力、モーツァルトをプログラムに入れましょう、というお言葉もいただきました。
 
たくさんの教えを受けましたが、最終的にはまだ、私はその全てが実現できていないと思っているんです。今回、できるだけいろいろなことを実現したい。先生からのお言葉のおかげで、自然体に戻る事もできました。ですから、この25周年のコンサートは、小林先生との出会いの原点であるモーツァルトで幕引きをするということになるわけですが、そこにとても運命的なものを感じます。
 
それにしても不思議です。先生のひと言で、一日二日で変わるんですから。そしてそのことによって、表現したい音楽も表現できるようになるんですから。ともすると忘れてしまった基本を呼び覚ましてくださったということですね。」
 
――小林先生のモーツァルト観は。
 
「“テクニックが出てきたらダメだ”と言われます。例えば、スピッカート。コンチェルトであればたくさん使います。ですけども、そういう感覚で小林先生と合わせると、“あ、ちょっとそれ、変ですね。テクニックが前面に出てしまっていますね”と言われる。彼の音楽は、楽器がどうのこうの関係ないです。モーツァルトの音楽そのものなんですよ。モーツァルトのヴァイオリン・ソナタというのは、ヴァイオリンのテクニックを見せるためのものではなくて、ヴァイオリンを使って、モーツァルトの音楽を表現するものだ、ということですね。よく小林先生は、CDを持ってきて下さるんですが、シモン・ゴールドベルクの音楽、演奏がお好きなようです。
 
そもそも、モーツァルトのヴァイオリン・ソナタは、最初は鍵盤の方が主役で、K.454、526で、対等になってくるわけですね。ということは、今回のこのプログラムも私と小林先生との間柄を象徴するようなものです。まずピアノ、小林先生があって、私がそこに加わっていく、ということですね。」
 
――先ほど、小林先生の歩き方、というお話がありました。それは、グルーヴ感に繋がるお話のように思ったのですが。
 
「正にそうですね。小林先生が、ステージに入ってくる足音、これからしてすでにグルーヴです。音楽が始まっているんです。誰しも音楽とはそういうものだ、と言われますが、実際演奏会に行ってそういう奏者に出逢うことは、数少ないのではないか、と思います。でも、先生の足音はまるで韻を踏んでるかのような余韻を感じるんです。そして、音楽の法則というものをきちんと踏まえておられるわけですね。
 

私の語る言葉を……

 
――25周年のデュオ・リサイタルを迎えるにあたっての抱負を。
 
昨年、11月の先生とのデュオ・リサイタルで、何か一つクリアーできたように思います。ですから最後のデュオまでに調整して、できれば、小林先生と対等な会話が演奏上でできればな、と思っています。自分の言葉で話さないといけないと思っています。
 
ゲルハルト・ヘッツェルという私の好きなヴァイオリニストがいますが、彼がかつて小林先生とK.526を演奏した事があるんです。その時、私はたった一人で、お二人のリハーサルを聴いた事があります。これはもう、それまでに何もお二人で打ち合わせなく、いきなり握手して始まったんです。もうね、初めから完璧ですよ。毎晩、ヘッッツェルを聴きに行っていたんですよ。穏やかな方なんですが、ヴァイオリンを持ったら相当に強いんですよ。その音楽とそれをぱっと受け止める小林先生。
 
ですから、私は、K.526は、小林先生との演奏で、最後にやりたいと思っていた曲なんですよ。今回も最後にもってきています。
 
初めから、わっと完璧に行ける。アンサンブルというのは、ここまでの境地に行かないといけないな、と思ったものです。
 
ということは、法則や約束事がお互いに判っているのであれば、言葉は何もいらないわけですよ。お互い同じ呼吸で行くわけですから。
 
――このリサイタルのあとの抱負は。
 
「これで一つの節目ですから、今度は、私はこれまでのことをベースにいろいろなことをやらなくてはいけないと思っています
。今まで勉強してきた事を生かし、今度は私が語れる言葉を理解してくださる方と一緒にやってみたい。ただ、7月17日の演奏が終わってみないと、次がまだ見えない、というのが本音ですね。」
 
取材 青木日出男

ヴァイオリニスト・荒井雅至さん・インタヴュー

小林道夫さんとのデュオ25年を振り返って

ヴァイオリニスト・荒井雅至さん

ピアニスト・小林道夫さん ©KAJIMOTO

25年の軌跡
モーツァルト
ヴァイオリン・ソナタの夕べ

荒井雅至Vn 小林道夫Pf

 

日時:7月17日(水)19:00開演(18:00開場)

会場:東京文化会館小ホール

曲目:W.A.モーツァルト

   ソナタ・ホ短調K.304

   ソナタ・変ロ長調K.454

   ソナタ・ト長調K.379

   ソナタ・イ長調K.526

料金:全席指定  5,000円

問合せ:東京労音03-3204-9933

 

荒井雅至(Masanori Arai,Vn)

1972〜77年、読売日本交響楽団在籍を経て、1977年〜80年ウィーン留学。在墺中オーストリア クルトゥアツェントルム主宰・プレミアユーゲントに合格し、同演奏会に出演。

ウィーン市立コンセルヴァトリウム修了。帰国後後進の指導に当たると共に、ライフワークとしている独自の企画・プログラムによる青少年のためのコンサート、小林道夫氏とのデュオ・リサイタル、また、主宰する弦楽アンサンブルである「ムシカ アレグレ」のコンサートを各地で開催するなど常に意欲的な活動を展開している。現在、国立音楽大学及び東京学芸大学講師。

 

小林道夫(Michio Kobayashi,Pf)

チェンバロ、ピアノ、室内楽、指揮など多方面に亘って活躍。特にバッハ、モーツァルト、シューベルトの解釈及び演奏では、高い評価を受けている。伴奏者としては、世界的伴奏者であったジェラルド・ムーアに比肩すると評価され、フィッシャー・ディスカウ、ヘルマン・プライ、エルンスト・ヘフリガー、オーレル・ニコレ、ジャン=ピエール・ランパル、モーリス・アンドレといった世界的演奏家と共演している。

「第1回鳥居音楽賞(現サントリー音楽賞)」「ザルツブルク国際財団モーツァルテウム記念メダル」「モービル音楽賞」などを受賞。

国立音楽大学大学院教授、大阪芸術大学大学院教授、東京芸術大学客員教授を歴任し、現在、大分県立芸術文化短期大学客員教授。

(コンサートは終了しました。)

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