インタヴュー
マエストロは、終始ユーモアに溢れ磊落かつ饒舌、周囲を惹きつけて離さない強いオーラを放ちながらも、相手をリラックスさせる。笑わせる。常にその目には人への、音楽への、また人生への愛が色濃く浮かんでいる。
巨匠にふさわしいのは、『粋(いき)』の一語だろうか。
日本ツアーを前にしたギトリス氏が、エネルギーに溢れる様子を洒脱な会話でもって披露してくださった。
イヴリー・ギトリス・リサイタル(コンサートは終了しました。)
Pf. ヴァハン・マルディロシアン
6月14日(金)
会場:紀尾井ホール 19:00開演、18:30開場
曲目 クライスラー小品集 / 「愛の悲しみ」「美しきロスマリン」他 マスネ /タイスの瞑想曲 フランク / ヴァイオリン・ソナタ イ長調 ほか
※上記は演奏予定曲目、実際のプログラムは当日発表。
ギトリス・シート:10,000円(限定100席、1~5列目)完売
全席指定:7,500円
詳細:テンポプリモ http://tempoprimo.co.jp
その他に
6月15日(土)18:45開演 三井住友海上しらかわホール」
6月19日(水)19:00開演 熊本県立劇場コンサートホール
ivry Gitlis,Vn
1922年イスラエルのハイファ生まれ。5歳でヴァイオリンを始め、7歳で最初の演奏会を開く。
演奏を聴いたフーベルマンに見出されてフランスに渡り、12歳でパリ音楽院を首席で卒業。その後もジョルジュ・エネスコ、ジャック・ティボー、カール・フレッシュ等、名ヴァイオリニストの下で研鑽を積む。
1951年ロン=ティボー国際音楽コンクールに入賞、56年にアメリカデビューを果たし、超絶技巧の天才ヴァイオリニストとして世界的な賞賛を博し、活躍の舞台を全世界に広げる。
19世紀の演奏様式、音楽感を伝える希少な演奏家で、カザルス、ハイフェッツ、ゼルキン、オーマンディ、セル、ホーレンシュタイン、クリュイタンスなど歴史上の名匠と共演を行ない、「別府アルゲリッチ音楽祭」の共演で有名なアルゲリッチを始め、バレンボイム、メータ、インバル、デュトワ、パリ管弦楽団、ニューヨーク・フィル、ベルリン・フィル、ウィーン・フィル、コンセルトヘボウ管弦楽団、レニングラード・フィル等々、多くの一流演奏家から招聘を受けている。
1950年から開始したレコーディングの経歴も豊富で、ACCフランス・ディスク大賞、米ヘラルド・トリビューン年間ベスト・レコーディング等各国で高い評価を得ている。
日本では、アルゲリッチ音楽祭ライヴ・ソナタ集、カザルスホールの無伴奏DVD等独自のリリースも多い。
最近では名盤「24のカプリース」CD、チャイコフスキー協奏曲DVDもリリースされた。86歳の今年もルガーノ音楽祭(スイス)でのアルゲリッチとの共演、ロンドン、南アフリカ、アメリカ、デンマーク、ウクライナツアーを精力的にこなすなど、依然現役最高齢のヴァイオリニストは健在である。
船越清佳 Sayaka Funakoshi
ピアニスト。岡山市生まれ。京都市立堀川高校音楽科(現 京都堀川音楽高校)卒業後渡仏。リヨン国立高等音楽院卒。在学中より演奏活動を始め、ヨーロッパ、日本を中心としたソロ・リサイタル、オーケストラとの共演の他、室内楽、器楽声楽伴奏、CD録音、また楽譜改訂、音楽誌への執筆においても幅広く活動。フランスではパリ地方の市立音楽院にて後進の指導にも力を注いでおり、多くのコンクール受賞者を出している。
日本ではヴァイオリンのヴァディム・チジクとのCDがオクタヴィアレコード(エクストン)より3枚リリースされている。
フランスと日本、それぞれの長所を融合する指導法を紹介した著書「ピアノ嫌いにさせないレッスン」(ヤマハミュージックメディア)も好評発売中。
『トルストイ風社会主義』
──お若い頃より、ギトリスさんはコンサートホールでの演奏だけでなく、戦時中軍のための慰問演奏を行なったり、工場、刑務所といった場所でも演奏なさったりしています。また、東日本大震災直後も、被災地をいち早く訪れ音楽を届けてくださいました。この「どのような状況でも、音楽を通して愛を皆と分かち合う」というご自身の情熱は、どこから来ると思われますか?
Ivry Gitlis「私はイスラエルに生まれました。これは大きなことです。
私は、ソビエトで演奏した最初のイスラエル人ヴァイオリニストなのですが(筆者註 1963年)、その時にソ連政府から派遣された通訳の女性に、私は言いました。『あなたの国には〈コルホーズ〉という一種の理想共産主義がありますね。でも私たちの国イスラエルには、1909年には既に〈キブツ〉(編集部註:イスラエルの集産主義的協同組合)が存在したのですよ!』。彼女は『信じられない!』と言いましたけれども(笑)。
『分かち合う』とあなたは言いますが、私にとってはそういった問題ではないのです。音楽、それは皆で一緒に『生きる』ことに他ならないから、私にとってはごく自然なことなのです。それに、あなたはたとえば目がきれいな人に会ったら『いつからそのような美しい目を持つことに決めたのですか?』などと質問しますか?(笑)
……私の考え方は、単なる『社会主義』でなく『トルストイ風社会主義』といっていいかもしれませんね。」
──現在フランスで公開中の、ユダヤ人家族の愛を題材とした映画「Des gens qui s’embrassent(監督 ダニエル・トンプソン)」に、俳優として出演されていますが、素晴らしい演技ですね。ギトリスさんが演じる、ちょっとシニカルだけれども魅力溢れるおじいさんが「自分が誰かに与えたことは全部忘れて、誰かから与えられたことだけ思い出しなさい」という場面がとても印象に残りました。演じられた役に御自身が重なるのでは? ギトリスさんの哲学に通じるところがあるように思いましたが?
I・G「確かに自分が周囲に何を与えたかという風に考えることはありませんが、それだけではないですね。自分が愛すること、与えられたことを自分のためだけに独占するのはエゴイストではないでしょうか。それこそ『分かち合う』べきなのでは?
あなたは私をよい俳優だと言ってくださいました。私はもう『そんなことはありませんよ』などと無駄な謙遜をする必要のない年齢にさしかかっています。きっと私は俳優としても悪くないでしょう(笑)。でもそんなことは大したことではないのです。
私はいつもシェークスピアに行き着くのですよ。『この世は舞台、人は皆役者』というセリフがありますね。誰でも俳優になることは可能なのです。
何事に対しても、人は持って生まれた素質──才能とかキャパシティと呼ばれるものかもしれませんが──を持って対峙します。そこそこのインテリジェンスがあり、素質も豊かであるなら、理解するためにわざわざ教わる必要はないということもあるのです。
子どもたちを御覧なさい。彼らの方が大人よりずっと賢く、こちらの方が教えられることがいくらでもあると思いませんか? 『愚かさ』と年齢は必ずしも関係しないものなのです。
子どもたちは皆、『教わらなくても理解する力』を備えている芸術家なのです。この力を失ってしまった大人たちが、『教育』の名のもとに、子どもたちを型にはめようとしますが……」
エネスコから学んだこと
──ギトリスさんはカール・フレッシュ、ジョルジュ・エネスコといった巨匠に師事されましたね。どのようなレッスンの思い出をお持ちですか?
I・G「私が最も敬愛し、一番大きな影響を受けた師は、何と言ってもジョルジュ・エネスコです。
フレッシュに師事していた時、私は14歳ぐらいでした。それまでに私がイスラエル、そしてパリ音楽院で師事した先生方ももちろん素晴らしかったですが、ヴァイオリンと演奏者の心身上の関係をはじめて明らかしてくれたのは彼かもしれません。しかしその後、私と彼との関係は理想的なものとは言えませんでしたね。
イザイを知る機会には恵まれませんでした……残念です。フレッシュに師事する前は、パリ音楽院で、当時の最も優れたヴァイオリニストのひとりであるジュール・ブシェリに師事しました。ブシェリはとても優雅な演奏をし、フランス派のヴァイオリンそのものを体現しているような人でしたね。
その頃、ブシェリのアシスタントを務めていたのがマルセル・シャイエという先生なのですが、シャイエの奥さんであるセリニーは素晴らしいピアニストで、エネスコとしばしば共演していました。このようないきさつから、私はエネスコと出会ったのです。
エネスコの天才ぶりときたら! 作曲家でありまた教育者でもあり……何でもできる人でした。彼の一番有名な生徒はユーディ・メニューインであることはご存知ですね?
エネスコはレッスンではピアノに向かって何でも弾きました。エネスコの伴奏で、レッスンを受けたのですよ! 彼はどんな曲も暗譜していました。エネスコから、私はただ『弾く』ことではなく、まさしく『人生』、『音楽と共に生きる』ことを学んだのです。」
勇気をもって、音楽を語りなさい
──最近は卓越した才能を持つ若いソリストが珍しくない時代となりました。21世紀の音楽界の傾向について、どのようなお考えをお持ちですか?
I・G「たとえばクライスラー、ラフマニノフ、あるいはルービンシュタイン(私にとっては、彼の演奏は必ずしも最も感情豊かなものとはいえませんが)などの演奏は、心に深く染みとおるような歌にあふれています。
このような古きよき時代から変わってしまったと思うこと、昨今何か違う、何か足りないと思う原因は……何なのでしょう。
さかのぼれば、過去には2回の世界大戦、そしてホロコーストという残酷な事実があります。そして、現代ではテレビや映画といったメディアのお陰で、悲惨なことが日常的に目に入ってくるようになりました。家でステーキを食べながら、アフリカで子どもたちが飢えている様子を目の当たりにするのです。現代では『悪』が当たり前のようになり、繊細な感情を麻痺させてしまうのです。
心配なのは音楽界ではなく、精神を機械化してしまうこの世界状況にあります。これは演奏にも影響を及ぼしてきます。素晴らしいピアニスト、ヴァイオリニストの演奏を聴いたはずなのに、『ものすごくうまかったけれど、コンサートの後、ひとつのフレーズさえも心に残っていない』という思いをしたことがありませんか? これは由々しきことですよ!」
──現代のそのような傾向に対して、たとえば教育の分野で指導者に何ができると思われますか?
I・G「聴衆、そして演奏家に、一番大切なことは『勇気を持って音楽を通して語り、表現すること』だと伝えることではないでしょうか? 形式や常識にとらわれないことです。単にきれいに整った演奏が一体何をもたらすでしょう?
子どもたちは、早くから『完璧』であることばかり要求されて、『失敗する権利』を充分に与えられないのです。『ミスをすることやアクシデントを恐れるな』と言ってあげませんか?」
共に学ぶ
──ギトリスさんにとって「音楽を教える」とはどういうことでしょう?
I・G「私は、まずこの『教える』という言葉があまり好きではありません。傲慢な感じがします。『学ぶ』という言葉を使いたいですね。自分自身が学べば自分の目の前にいる生徒も学ぶでしょう。私はそう考えます。
また、現代に生きる人々が数世紀前の人々より賢いと言えるでしょうか? 私はある意味そうとは限らないと思います。考えてもみてください。かれこれ300年、皆がストラディヴァリウスを超える名器を創り出そうとし、果たせないでいるではありませんか……。
今は何でも苦なく手に入る時代です。何かを手に入れるために努力する必要がないのです。そして、肝心なときには、手も足も出ないという状態になってしまう……。
現代の教育においてとても危険と思うこと、それは小さな子供を、物心つかないうちから周囲の大人がある一定の方向へ無理やり導いてしまうことです。これは一種の自動マシーン、従順なだけで、自分で考えることのできない人間を作り上げてしまいます。
これは『独裁』以外何物でもありません。『独裁』は、自由、表現、イマジネーションの対極です!」
──もうすぐ日本ツアーですね! 日本で待っているファンの方々にメッセージを。
I・G「私が日本に演奏に行き始めてから、もう30年以上になります。
今回『復活』という言葉が広告で使われているようですが、これにはちょっと異議を唱えたいですね(笑)。前回は、飛行機旅行を止められたせいでキャンセルせざるをえませんでしたが、今はとても元気です。全く問題ありません。
日本の皆さんに会えるのを心待ちにしています。そろそろ練習もしないとね!(笑)。」
Ivry Gitlis
イヴリー・ギトリス・インタヴュー
2013年4月27日 パリのギトリス氏のご自宅にて取材
インタヴュアー:船越清佳(ふなこし さやか・ピアニスト)