●2013年3月11日。奈良斑鳩(いかるが)​


 数日初夏の陽気を味わった後、2月に逆戻りしたような寒い朝は体にこたえる。それでも世界文化遺産であり、国宝の伽藍(がらん)に射す陽は柔らかく、青く抜けた空に五重塔が映える。思えば被災地はここ奈良よりはるかずっと北。当時避難所は凍えていたし、昨年の慰霊祭の前も東北はみぞれ交じりだった。

 

 この日、斑鳩(いかるが)の法隆寺では、国宝、西室(にしむろ)で「東日本大震災被災物故者三回忌追善供養」が行なわれた。2時30分、管長の大野玄妙大僧正を導師に8人の僧侶によって、戸を開け、十六羅漢さんをお迎えする勧請が始まる。特別な抑揚を持ち、時に唱和、時に呼応しながら、立ち、座り、伏しての読経。いつもの平坦な読経ではなく、独特の節回による本節で行なわれ、それが祈りの音楽のように聞こえた。
 

 祭文「諸徳三礼」の後、これもこの日限りの中澤きみ子さんのヴァイオリンによる献奏があった。中澤さんの弾かれた楽器は、被災地の流木を用い、ヴァイオリンドクターである中澤宗幸さんが製作したもの。松の表板と楓の裏板の響きをつなぐ魂柱には、陸前高田の「奇跡の1本松」が使われている。NHKTVなどで紹介されてきたので、ご存知の方も多いと思うが、妻であり、ヴァイオリニストである中澤きみ子さんが被災地の「がれき」の報道を見ながら「あれはそれぞれの家の大事な思い出の詰まった梁や床板で、がれきじゃないわよね」の一言に意を得て、陸前高田に赴き、流木の中から探してきた松と楓を用いている。普段製作に使う楓はバルカン半島の山に分け入って探すほどのこだわりがあり、日本製の楓を使うことはない。松も然り。そうしてできあがったヴァイオリンを2012年の3月11日、最初に陸前高田の東日本大震災合同慰霊祭で献奏したのがイヴリー・ギトリス氏だった。





●「流木ヴァイオリン」誕生から1年


 当初はどんな響きがするのだろうと誰もが思ったヴァイオリンが、それから1年、いろいろな人の手で弾かれ、驚くほど豊かな響きになった。特に、この日弾かれた「荒城の月」や「からたちの歌」のような日本の歌を豊かに歌うように感じる。

 

 火の気のない西室は特別寒い。また、読経の合間に1曲ずつ弾くのは体が温まる間もないし、気持ちを持っていくのも難しい。中澤さんはお経を聞いている間中、自分はこのような場で献奏する価値ある演奏家であるかをずっと自問自答していたと言う。「いつも演奏する時には、まず作曲家の人生の喜び悲しみなどの思いを音に綴りながら、そこに自分の人生も重ねたりしますが、今回のようにとても具体的な悲しみを厳粛に伝え、しかも鎮魂の音楽を奏でる役目はどんなものか、事前には量れませんでした」と。法隆寺では、今回の法要を事前に告知せず、当日門前に掲示しただけだったが、冷たい畳に座り、100人の人々がともに祈った。聴いている方も、お経やヴァイオリンの響きのむこうに、あの日、TV画面からリアルタイムで流れたあの光景がはっきりと思い起こされた。同時に2年という月日で、誰もが我がことのように突き動かされた強い思いがだんだん薄れてきていることも、改めて思い知った。





●あらゆる手段で語り継ぐ


 終了後、大野管長は「お経とヴァイオリンの演奏、私たちと震災に遭われた方々の心がひとつになるように」と今回の供養について語ってくださった。それは「聖徳宗」の本山である法隆寺の宗祖、聖徳太子の「和を以て貴しとす」の教えそのものでもある。この海に囲まれた、限られた土地で、自然の恵みや脅威をみんなで分け合い、思いやりの気持ちを持って生きてきた私たちを1400年間見てきた法隆寺の思いなのだと思う。演奏した中澤さんは「一生の宝になる経験をさせてもらった」と振り返る。「日本の歌が心に沁みた」「ずっと弾き続けて欲しい」と駆け寄られる女性の姿もあった。

 

 演奏された「早春賦」の詩のように「春は名のみの風の寒さ」の1日。それでも法隆寺の築地塀の脇には、タンポポが咲き、土筆がたくさん顔を出していた。被災地に本当の春が来るまで、このヴァイオリンは人から人にわたり、奏でられ続ける。
 

 震災から今まで、ヴァイオリンに限らず、被災地に由縁のあるものが数々生まれた。被災松で作られたコカリナもとてもきれいな音がするという。もちろん音楽に限らず、アートでも日用品でもなんでもいい。慰めると同時にあの日のことを人に思い起こさせるという役目はとても大きいと思う。なぜなら経験した私たちは震災を千年語り継ぐ義務がある。子孫たちが同じ悲しみを味わわないためにも、やがて来るかもしれない大地震に備えるためにも。同日夜、東大寺のお水取りで流れた、別当(住職)の「皆がそれぞれの立場で、各々が持っている力を尽くしていただきたい」と言う言葉を改めて心に据えた。
 

 現在、震災ヴァイオリンは3台。一般財団「Classic for Japan」により管理され、「千の音色でつなぐ絆」プロジェクトとして、千人のヴァイオリニストのリレーするために、国外も含め希望する方に貸し出されている。

法隆寺で祈る、2年目の3.11

〜読経とヴァイオリンの響き〜  文・重松貴子

献奏するヴァイオリニストの中澤きみ子さん

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