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エンリコ・オノフリの

バロックの正体

世界の古楽界を牽引してきた
イタリアのバロック・ヴァイオリニスト、
また昨今では指揮者としても活躍する
エンリコ・オノフリさんに、
バロック・ヴァイオリンの詳細な奏法、
そして彼の音楽哲学等を語っていただいく。
 
バロック奏法に関して、
従来の考え方やイメージとは、
大きく異なる部分があって、
改めて考えさせられる話を展開。
(取材協力:ヴァイオリニスト杉田せつ子さん)

第6

バロック音楽の音律

音律を使い分ける
 
古楽の時代には
様々な音律がありましたが、
私は使い分けています。
いつも選んでいます。
 
現代において
いろいろな音楽を演奏する中で、
バロックだけに限ったとしても、
一つの音律だけでカバーするのは難しいです。
 
例えば、
『ヴァロッティ』という
調律方法があります。
これはタルティーニの調律に
似ている調律ですが、
ヴィヴァルディの四季を演奏する場合、
『秋』と『夏』に関しては、
この調律が調号的に機能します。
 
つまり、g moll とF dur。
この調性には都合がいい。
しかし、
『春』と『冬』に関しては、
この調律はうまく機能しない。
 
ただ、
それぞれの曲に応じて調律を変える
というのは、
演奏会においては現実的には無理です。
ですから、
どの曲もいけるように
間をとって微妙なところで調律をしていくわけです。
古典的な調律を一つ決めれば、
それでできるというものではないです。
そもそも、過去においても、
これが調律のスタンダードだ、
というものはありませんでした。
 
ピッチに関してもそうでした。
例えばイタリアではバロック時代に、
三つか四つ、
違うピッチが存在していました。
教会で演奏するのか、
部屋で演奏するのか、
といった環境の違いでも
ピッチは違いましたし、
地域によって、地方によっても違いました。
 
北イタリアは南イタリアよりも
ピッチは高かったです。
ということはスタンダードなものはなかった、
ということです。
 
一つの決まった調律法を探し求める作業は
2500年前にピタゴラスが始めて以来、
行なわれてきましたが、
いまだにヨーロッパにおいて成し遂げられてはいません。
 
ヴァロッティ』という調律は
いろいろな調律の中の一つです。
これは、タルティーニの調律とともに
非常によく使われている調律です。
ただ、忘れていけないのは、
これは理論的なものであって、
それが現実にどのように使われたのか、
ということはまた別問題です。
 
もしヴィヴァルディの四季を
これでやろうとしたら、
微妙な調節が必要です。
ですから実際には使わずに、
ちょうど良いところに調律を決めてやるのです。
 
とは言っても
それは平均律とは違います。
平均律も可能な調律ですが、
ヴィヴァルディの四季には、
上手く機能しないです。
あまり倍音を出さないような楽器においては
機能しますが、
ヴァイオリンには向いていないです。
 
ヴァイオリンは
純正の五度を調律することができます。
それから三度。
どの調性でもだいたいうまく行くような
三度を探していきます。
 
テオルボ(バス・リュート)、
チェンバロに関しては、
調律は決めないといけないですね。
固定されて動かせませんから。
 
転調したとき、
特に遠くの調性に転調したときは、
チェンバロは機能しません。
そういうときは、
チェンバロは弾かないで、
ヴァイオリンが
一番良いところの音程を
弾くわけですね。
 
さらに、調律に関しては、
アフェットの問題と繋がってきて、
ある種の調律が非常に強い表現力を持つ、
ということがあり得ます。
 
ですから、
チェンバロと一緒に演奏していても、
敢えてチェンバロと違う調律で
演奏する瞬間もあります。
表現のためにそういうことをします。
あまりにも違う場合は、
チェンバロは弾かないようにします。
バロックにおいてチェンバロは通奏低音ですから、
勿論重要なセクションですが、
アドリブ的に弾かないということもあり得るわけですね。
 
私は固定ドですが
 
19世紀的なイタリアの伝統としては、
譜読みは、固定ドですね。
しかし、1700年代以前は、移動ドでした。
 
私自身は、固定ドを勉強しました。
どちらも重要なのですが、
私はたぶん、移動ドの方が重要ではないか、
と思っています。
 
実際問題、
昔の楽譜はいろいろな音部記号があるので、
移動ドを利用するということはしています。
 
小さいときに、
固定ドから入ってしまっているので、
私自身は固定ドで読んでいますが、
例えば、指揮をするときに、
オーケストラの譜読みをするときに、
管楽器は、移調楽譜ですから、
そのときに移動ドで読んでいます。
 
音楽家の姿勢として
 
いろいろなことを言いましたが、
私自身は、楽譜だけでなく、
当時の文献や資料に直接あたったということです。
 
音楽家というのは、
演奏している音楽の背景にある
総合的な歴史観というものを
もっていないといけない、と思います。
 
文化的、歴史的な環境、
音楽が描かれた当時の社会背景、歴史、
というものを知っているということは
非常に重要なことだと思います。
 
私たちは現代に生きているわけですから、
歴史的環境というものは、
当時とは異なっています。
でも、歴史的環境を知っている、
ということは大事なことです。
 
古楽というのは、
そもそも当時の録音もないわけですから、
一種の歴史主義的な、
考古学的なものではあり得ません。
 
でも、古楽の時代の文献というものは、
非常にたくさんあります。
その当時の文献の中でも、
矛盾というものはあります。
 
ですから、
現代の演奏家自身が、
そこに入っていかなければいけない、ということです。
 
古楽というのは、
過去の音楽を演奏する上で
最も現代的なやり方である、
ということが言えると思います。

Enrico Onofri    エンリコ・オノフリ

イタリアの ヴァイオリニスト、指揮者。

オノフリは画家の父、アンティークに造詣が深い母を持ち、リコーダー、合唱などに幼い頃から接する。14歳でヴァイオリンを始めて直ぐにバロック・ヴァイオリンと出会い、その後ミラノの音楽院にて学ぶ。

 

在学中より、ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス等に参加し、古楽に関する知識を深めた。その後、彼の類い稀なる音楽性と、高度な技術力がたちまちの内に話題になり、22歳の時にJ.サヴァールにコンサート・マスターとして招聘される。

 

1987年(当時20歳)より、イル・ジャルディーノ・アルモニコ(以下IGA)のコンサートマスターを務めており、その後のバロック音楽シーンに多大な影響を与えた名盤として名高いIGAとの「ヴィヴァルディの四季」の録音は、彼が26歳の時に録音されている。

 

2005年よりポルトガルの古楽団体「ディヴィーノ・ソスピーロ」の首席指揮者となる。近年、指揮者、ヴァイオリニストとしての客演のオファーが多数あり、ラ・カペラ・レイアル(スペイン)、ベルリン古楽アカデミー(ドイツ)など、欧州各国の主要団体に頻繁に客演している。 また多数のCD録音に参加しており、前述の「四季」では欧州の多数の主要な賞を獲得し、C.バルトリと共演したアルバムではIGAとしてグラミー賞も獲得している。自身のアンサンブル「イマジナリウム」のCDでは、欧州の主要音楽雑誌において絶賛された。

 

2006年、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン来日以降、日本での公演もたびたび行なっている。

 

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