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国際的なキャリアを積む
日本人演奏家が
珍しくなくなった今、
海外オーケストラにおいても、
重要なポジションに就く日本人の方は
確実に増えているようだ。
 
パリの主流オーケストラでは、現在三人の日本人の方が
「副コンサートマスター」として活躍中である。
 
オーケストラという集団の中で、
「副コンマス」の役目は実に多角的である。
演奏家としての卓越した才能もさることながら、
指揮者やコンサートマスターのサポート力、
団員との円滑なコミュニケーション力、
それに加えて「縁の下の力持ち」的な懐の深さ、
ブレのない人間性も大きく問われるのではないか。
 
このように海外の一流オーケストラが
日本人に重要なポジションを託し、
緻密さや几帳面さ、
また「察しの心」といった日本人独特の長所を
頼りにしていることは、
音楽界のポジティブなグローバリゼーション
といえるのかもしれない。
 
所属オーケストラから絶大な信頼を寄せられている
三人の日本人副コンマスより、
それぞれの音楽観を伺った。 
(三連載)

第1回

パリ管弦楽団

副コンサートマスター

千々岩英一さん

インタヴュアー:船越清佳

(ふなこし さやか・ピアニスト・パリ在住)

オーケストラは社会の縮図

 
 
船越
千々岩さんは、
パリ管弦楽団の副コンサートマスター
というポジションにつかれてもう16年だそうですね。
以来パリ管にはどのような変化が見られましたか?
またご自身から見たパリ管の特徴とは?
 
千々岩
世代交代は激しいですね。
昔の音楽家の独特の音の味わいのようなものは
なくなってきたかもしれませんが、
その代わりに最新の教育を受けた
演奏技術の高い若者が
どんどん入ってきましたので、
全体的なレヴェルは非常に上がりました。
以前は難しいパッセージで
破綻することもあったのですが、
最近はそういうことは全くなくなりました。
 
日本人は今5人いて、フランス人の次に多いんです。
オーケストラ全体で100人いるとしたら、
90人がフランス人、5人日本人で、
あとの5人がヨーロッパの他の国の人という感じです。   
オーケストラが進化していくためには、
新しく入ってくる人材によって
中身を変えていくしかないですよね。
私は採用試験にも審査員として参加しますが、
フランスの弾き方というか、
音の質の柔らかさ、歌心、軽やかな感じなど、
パリ管の方針に合っている人を合格させます。
 
今いる日本人団員も、
皆フランスで勉強してから入団された方ばかりです。
これからオーケストラを
音楽的にどのような方向にしていくか、
審査員同士での暗黙の了解のようなものはあると思います。
 
私はオーケストラは社会の縮図だと思っています。
現代では、いわゆるグローバリゼーションの影響で
各国の特色の違いが曖昧になってきたように、
パリ管もフランスの社会がどのように変わってきたか
反映していると感じます。
 
パリ管の前身であるパリ音楽院管弦楽団
(60年代から70年代初頭にかけて、
当時の文部大臣アンドレ・マルローが
フランスの誇りとなるオケを設立するという目的で、
パリ音楽院管弦楽団を再編成したのが現在のパリ管)
から比べると、もう全く別の団体ですね……
 
パリ管の使命は
いわゆる各国のクラシックの名曲を演奏することで、
フランス音楽の伝統を守るという傾向は、
フランス放送フィルハーモニー管弦楽団(ラジオフランス)
フランス国立管弦楽団の方が強いように思います。
 
彼らの方がもっと責任感をもって
いろいろなフランス音楽を演奏していますよ。
自分としては、パリ管でも
もっとフランスの曲をやりたいですね。

千々岩英一
Eiichi CHIJIIWA

東京芸術大学音楽学部附属音楽高校を経て同大学を卒業後、フランス政府給費留学生としてパリ国立高等音楽院に学び、審査員全員一致の一等賞を得て卒業。田中千香士、数住岸子、ピエール・ドゥカン、フィリップ・ヒルシュホルン、ワルター・レヴィンの各氏に師事。

 

1998年よりパリ管弦楽団で副コンサートマスターを勤める。これまでにソリストとしてドナウエッシンゲン音楽祭(ツァグロセク指揮フランス国立管弦楽団)、パリ・シャトレ座のパリ管弦楽団定期演奏会、ストラスブール・ムジカ音楽祭、ラジオフランス現代音楽祭(エッシェンバッハ指揮パリ管弦楽団)などに出演したほか、室内楽奏者としてベルリン芸術週間、「パリの秋」音楽祭、ルーヴル、オルセー美術館室内楽シリーズ、イギリス・オールドバラ音楽祭、メキシコ・セルヴァンティーノ音楽祭、ブリュッセル・アルスムジカ音楽祭、フィンランド・クフモ音楽祭、ワシントン・ケネディセンター、シャンゼリゼ劇場などで演奏。

 

日本では2000年に東京文化会館小ホールで初リサイタル。2006年に武生国際音楽祭に出演し2007、2008、2013年東京シティフィルハーモニー管弦楽団定期演奏会、2009年サントリーサマーフェスティヴァルにソリストとして客演した。

 

学生時代から前衛音楽の作曲家との共同作業に興味を抱き、数多くの新作初演を手がけてきている。CDはマルク・アンドレ・ダルバヴィの協奏曲(エッシェンバッハ指揮パリ管、仏Naive)、無伴奏アルバムSolo Migration(パリの芸術家、移民たち、無伴奏の20世紀 仏Indésens)などが出ている。

 

最近ではパリ管での活動の他に、ラジオフランス・フィルハーモニー管弦楽団、紀尾井シンフォニエッタ東京などに、コンサートマスターとして客演している。

 

また、人権擁護活動に関心を持ち、パリのNGO「Parcours d'exil (拷問を受けた難民を対象とする医療施設 )」の会長を勤め、アムネスティインターナショナル主催のチャリティーコンサートなどにも数多く出演している。

 

教育活動としては、現在パリ市立音楽院でヴァイオリンを教えている。

 

使用楽器は1740年製オモボノ・ストラディヴァリ「フライシュ」 

 

2011年にはフランス文化省より芸術文化勲章シュヴァリエを授与された

 

http://chijiiwa.exblog.jp/

 

ツイッターアカウント https://twitter.com/EiichiChijiiwa

船越清佳 Sayaka   Funakoshi                

ピアニスト。岡山市生まれ。京都市立堀川高校音楽科(現 京都堀川音楽高校)卒業後渡仏。リヨン国立高等音楽院卒。在学中より演奏活動を始め、ヨーロッパ、日本を中心としたソロ・リサイタル、オーケストラとの共演の他、室内楽、器楽声楽伴奏、CD録音、また楽譜改訂、音楽誌への執筆においても幅広く活動。フランスではパリ地方の市立音楽院にて後進の指導にも力を注いでおり、多くのコンクール受賞者を出している。


日本ではCDがオクタヴィアレコード(エクストン)より3枚リリースされている。


フランスと日本、それぞれの長所を融合する指導法を紹介した著書「ピアノ嫌いにさせないレッスン」(ヤマハミュージックメディア)も好評発売中。

刺激的な発言の必要性

 

船越
千々岩さんはなぜ
フランスで働くことを選択なさったのでしょうか?
 
千々岩
パリ音楽院に留学して、
フランスでは自分の力量でも
人が関心を示してくれるかもしれないと思った。
つまり自分のしていることと
人が求めているものとが
合致するような気がしたのですね。
 
日本の大学時代には
自分が欲されている感じがしなかったのですが……。
元からヨーロッパで仕事をしたい
という気持ちはあったので、
音楽院の卒業を控えてポストを探してみようと思い、
偶然空席があって受けたのが、パリ管だったわけです。
 
しかし日本人って結局ここではアウトサイダーですよね。
何を言ってもあまり真剣に受け止めてもらえない(笑)。
だからこそ彼らの問題点を指摘し、
刺激的なことを発言し続けなければならないのです。
パリ管においても、
それが自分の使命のひとつだと思っています。」
 
船越
日本との相違点はどういう部分と思われますか?
 
千々岩
フランスでは何をやるにしても適当ですが(笑)、
リラックスして仕事をし、
最終的に詰めるところは詰めて……
結局何とかなるみたいな、
要領のいい面はありますね。
こういう場所でのびのびとやるというのも良い感覚だし、
一方日本のような几帳面な感じも大切だと思いますし……。
 
フランス人とはコミュニケーションが
わかりやすいと感じます。
日本では、眼で見ているようでいても
絶対に正面から視線は合わせなかったり、
気持ちを察しあわなければいけない
ということがありますね。
これでよく誤解が生じないなと(笑)。
 
今年フランスと日本の滞在年月が
ちょうど半々になったのですが、
自分の中のフランスと日本のいいところだけを取って
融合させていきたいと思っています。
フランスでの生活は自分にとっては気が楽ですが、
何かいい加減だなあと思ったら、
そこは日本人の自分が締めなければいけない(笑)。

社会貢献を前面に出す理由

 
船越
首席指揮者のパーヴォ・ヤルヴィ氏は
2015年からNHK交響楽団にも招聘されるそうですね。
彼はどんな指揮者なのでしょう?
 
千々岩
クールで器用でスポーティなイメージ、
あまり情緒的にどろどろしたりしない(笑)。
今の時代の風潮によく合った指揮者だと思います。
 
船越
特に印象深かったコンサートというものはありますか?
 
千々岩
私は特にどの作曲家や指揮者、
どのスタイルが好きということはないですし、
いちばん大切なのは
今自分が弾かなければならない音楽を好きになること
だと思っています。
また、たとえ満足のいかなかった演奏会にも
多くの意味があり、得るものがあると思っています。
 
一方、やはりブーレーズやザンデルリンク、ブロムシュテットというような熟年の指揮者の音楽には
ヴィンテージワインのような趣がありますから、
彼らの今までの経験を感じ取り、
共に音楽を作り上げる作業ができる喜びは大きいですね。
 
船越
最近ではどこのオーケストラでも
子供の音楽情操教育のためのコンサート
に力を入れていますね。
パリ管ではどのような活動が行なわれているのでしょう?
 
千々岩
世界的に、どこのオーケストラでも
社会貢献ということを前面にださなければ
予算がもらえないのです。
我々にとってはステイタスを賭けた死活問題なのですよ。
 
ロンドンやベルリンなどに比べて、
パリ管の子供向けの活動はまだ二番煎じという感じがして、
私はそう面白いと思えないのですが……『子供を喜ばせる』
ということばかりに方向性が行ってしまっているような。
 
例えばプレゼンテーターとして俳優が呼ばれてきて
各楽器の紹介をしたりするのですが、
せっかく子供たちが生の演奏に触れる機会なのに、
トークばかり延々と続いたり……
TVを見ている延長みたいで、
まだまだ発展途上という感じですね。
 
船越
ご自身が子供のために演奏会を企画なさるとしたら、
どのような風になさりたいですか?
 
千々岩
子供たちを舞台にのせて、
横で音の振動を伝えたいですね。
チューバの前に座らせるとか(笑)。
言葉で解説をしたりDVDを見せたりということは
学校の先生がすればいいのであって、
生の音を身近に体験するということは、
何にも代えられない大切なことと思います。

パリ・フィルハーモニーホールとは

 
船越
パリ管の拠点ホールは
今までパリ中心部、
シャンゼリゼにも近いサル・プレイエル
におかれていましたが、
今後はパリ国立高等音楽院のそば、
ヴィレット地区に建設中のパリ・フィルハーモニーホール
(2015年完成予定)に移るそうですね。
 
パリ中心街からも遠いですし、
実際「あんな不便なところまで行くのは億劫だ」
という従来のクラシックファンの声も聞かれます。
 
パリ管があちらに拠点を移すメリットとは何でしょう?
また懸念される聴衆離れに対して、
パリ管はどのような対応をするのでしょうか?
 
千々岩
パリ・フィルハーモニーの建設は
政治的に決められたことで……
フランスの音楽界で政治的な権力を一番持っていて、
頂点で牛耳っているのは
やはりピエール・ブーレーズだと思うのですが、
これはいわば彼の夢だったんですよ。
メトロポリタン・オペラと
エイヴリー・フィッシャーホール、
そしてジュリアード音楽院があるニューヨークの
リンカーンセンターのように、
パリでも大規模な音楽ホールと
パリ音楽院を同じ地域に実現するということが。
 
しかしフランスの伝統として、
コンサートや劇場に行くことは、
その後レストランに行ったり、
友達と会う理由づけのような、
『外出』や『社交』の一環としての文化ですよね。
そういう意味あいが、
あんな不便な場所にいったら
なくなってしまうではありませんか。
 
私自身パリ音楽院で勉強したので、
あの地域がそれほど悪くはない
ということはわかっているのですが、
でも場所が場所ですから、
一般の人々が、仕事を終えて夜あそこまで来るには、
よほどの理由がないとね……(笑)。
私は個人的にはこのホールのプロジェクト、
都市計画には疑問を抱いています。
 
メリットとしては、
フィルハーモニーの演奏会は
チケットの値段が今までよりも安くなること、
これはあそこに建てることになった一番の理由です。
そしてサル・プレイエルより音響がよいこと。
またひとつの変化として、
プログラムがもう少しポピュラーな感じになることなどが挙げられます。
来年度のプログラムを見ましたが、
マニアックな音楽通向けの音楽は若干減りました(笑)。
 
フィルハーモニーホールは、
収容人数2400人とすごく大きいんです。
私は同じ建築家が作ったホールを
コペンハーゲンで見たことがあるのですが、
格好いいけれども何か怪獣映画みたいなホールで(笑)……。
こういうホールで
聴き手は音楽と一体感が得られるのかな……。
聴き手がまたコンサートに行きたいと思うためには、
自分が近距離で音楽に触れた
という感覚が必要だと私は思うのですね。
この点でも少し不安です。
 
フランスもまだ階級社会の名残が残っていますよね。
やはりクラシック音楽というのは
いわゆるブルジョワ階級のものなんですよ。
そういう人たちは、
『パリのはずれのそんな庶民的な場所まで行くなんて……』
と思う人が多いでしょう?
だからといって、
近くに多く住んでいるアフリカ系の移民の人たちが、
クラシック音楽に興味を持って
聴きにきてくれるかというと……
 
もちろんそういう人たちに
音楽に興味を持っていただけるように働きかける
ということも、フィルハーモニーホールの目的のひとつで、
地域の子供たちを対象にしたコンサートなども多く企画されるのですが……
 
彼らにとってはあまり語りかけてくる音楽
とはいえないわけですよね。
それを覆すのは並大抵のことではないですよ。
 

千々岩氏の人権擁護運動

 
船越
千々岩さんご自身は、
Parcours d’exilという団体の会長として、
祖国で拷問を受けて
フランスに逃げてきた難民の人々をケアする活動など、
音楽を介した人権擁護運動にも
力を注いでいらっしゃいますね。
 
千々岩
また近年では、
中東やアフリカから国境を越えて、
家族無しで単独でフランスに渡ってくる子供たちの
心身のケアを多くおこなっています。
最近は、そういう子供たちを学校に通わせる援助や、
あるいは音楽や演劇、フランス語の授業、
精神的なケアのためのアートテラピー
のようなこともおこなっています。
 
私の依頼に賛同して、
パリ管が子供たちのために
一番いいカテゴリーのチケット
を提供してくれることもあります。
そういう時は、黒人の子供たちが
一等席にずらりと並んで
ブルックナーの交響曲を聞いたりするわけです。
 
彼らは、クラシック音楽は素晴らしいけれども、
やはり西洋人のもので自分たちのものではない
と思っています。
でも一流のホールで白人の大人たちに混じって
高揚した気分でコンサートを聴くということは、
彼らにとって大イヴェント、すごい社会勉強なのです。
社会の中で自分がきちんと受け入れられている
と感じられるのだと思います。 
 
演奏会中に彼らは眠ってしまったりするのですね。
また拷問を受けた人は
不眠症に悩まされるケースが多いのですが、
そういう人が『演奏会を聴きながら、
初めて気持ちよく眠れた』と言ったり……。
彼らの傷を音楽で少しは癒せるかもしれないけれども……
でも、音楽は無数にある要素のひとつに過ぎません。
 

副コンサートマスターの役目とは

 
船越
パリの主要オーケストラに、
副コンサートマスターとして
日本人が三人も活躍していらっしゃるということは、
同じ日本人として本当に誇りに思います。
 
千々岩
やはりフランスには何でも快楽重視というか、
恵まれた自然環境からくる考えの甘さ
みたいなのはありますね。
だからこそ、ここではたとえ外国人でも
自分さえがんばれば何とかなるかもしれないと思いました。
また、日本人の音楽家の先駆者の方々のお陰で、
日本人の仕事ぶりが
ヨーロッパの音楽界で評価されてきた実績があるので、
後発の私たちも信頼され、
スムーズに受け入れられたのでは思います。
 
コンサートマスターは、
指揮者とオーケストラの板ばさみになって
心理的にもストレスが多く孤独なのですね。
ですから、コンサートマスターが
隣で決断を迷っているときには彼の選択を支持し、
問題点があれば指摘し、疑問に答え、勇気づけ励ます。
それが副コンサートマスターの役目なのです。 
 
女房役と言っても良い副コンサートマスター
というポジションは、
細やかな気くばりができる
日本人にとっての天職なのではないかと思いますね。
パリのオケにこれだけ日本人の
副コンサートマスターがいることは、
決して偶然ではないと感じるのです。

© Jean-Baptiste Pellerin

〈3回シリーズ〉

パリで活躍する日本の「副コンマス」たち

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© 2014 by アッコルド出版

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