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モーツァルト考

ヴァイオリニスト 加納伊都​​

ウィーン名物にモーツァルトクーゲルンというお菓子があります。クーゲルというのは、ドイツ語で「球」という意味で、へーゼルナッツとマジパンの2つのクリームをダークチョコレートでコーティングした、名前のとおり、少し大きい丸い形のチョコレートを、モーツァルトの肖像が描かれた金色の包み紙で1つずつ包まれたチョコレート菓子です。

 

ウィーンのお土産といったらまずこのチョコレートを思いつくほど、ウィーンのポピュラーなお土産ナンバーワン、ウィーンに一度でも来たことのことのある人なら、必ず目にしたことがあるのではないでしょうか。鎌倉のお土産といったら鳩サブレー、といったところ、誰が何といおうと観光地ウィーンの名物の王道です。

 

といっても、本来はモーツァルトの故郷ザルツブルグのものだそうで、ザルツブルグに行くと、こっちが本物よと元祖モーツァルトクーゲルン(包装と形が少し違います)を食べさせてくれますが、このお菓子を発明したフェルスト氏という人が特許をとらなかったせいで、類似品が大量発生、ウィーンで一番よく売られているものは偽物だとか、あの会社のは少しチョコレートが多いとか、いろいろといわれているようです。

 

私としては味にそれほど違いがあるようには思えませんが……。 紹介しておいてケチをつけることもないのですが、私見で言わせてもらうなら、私はこのチョコレートを一度もおいしいと思ったことがなく、このチョコレートの中に入っているマジパンという存在が(アーモンドをペースト状にして砂糖とまぜたもの)好きではなく、そのなんとも気の抜けた名前の語感といい、あいまいな味なようで、後に残る食感といい、日本であまり食べられていないように、日本人の口には合わない食べ物だ………と勝手に思っているので、自分から好んで食べることはめったにありません。

 

ただ、鳩サブレ-が鳩サブレーでしかないように(私は鳩サブレーは大好きですが!)、モーツァルトクーゲルンもモーツァルトクーゲルンでしかありえないその存在感には、敬意を払っているし、私がいくらケチをつけようとウィーン名物であることに変わりはないので、ウィーンに来たら一度は味わうする価値があるのでは……と思っています。

 

味はともかく、このお菓子はウィーンの人たちにとても愛されているようで、スーパーのお菓子売り場には絶対に置いてあるし、何かというと、このモーツァルトクーゲルンを薦められることがよくあります。

 

ですから好き嫌いにかかわらず、このお菓子を食べる場面に出くわす機会が多いのですが、前述したようにこのお菓子は1つずつモーツァルトの肖像が描かれた包み紙の中に入っており、1つ食べるたびに、モーツァルトの顔を一瞥しなければならないのです。

 

2つ食べると2人のモーツァルトと、その包み紙がゴミ箱に消えるまで向き合うことになります。そのモーツァルトの顔を見ながら、最近ふと思ったのは、なんてモーツァルトという人は個性のない顔をしていたんだろう……ということです。

 

描かれているのは、モーツァルトの肖像面の中でたぶん一番有名であろう、少し斜め前から顔を正面にとらえたもの、今から200年前に描かれた肖像画を見て、個性のない顔だと決めてしまうのは、もしかしたら画家の腕が悪かったのかもしれないし、モーツァルト、もしくは誰かの意見で腕曲して描かれた可能性もあるし、妥当な意見でないことはわかるのですが、肖像画というのは、得てしてその絵からその描かれている人がどんな人で、どんな生き方をしていたのか、当時の面影を髣髴とさせる場合が多いのに、このモーツァルトの絵を見て、彼がいったいどんな人だったのか知りうる手がかりが、絵のどこにも隠されていないように私には思えます。

 

たとえば、ベートーヴェンやバッハのよく知られている肖像画を思い浮かべると、その絵からベートーヴェンが情熱的であったであろうこと、バッハが厳格に自分の音楽の仕事にプライドを持っていたであろうこと、彼らの音楽をそれなりに想像することができるし、ああこれはベートーヴェン、もしくはバッハなんだとそのイメージと肖像を重ねることができます。

 

もちろんそれは彼らの人生のバック・グラウンドについての知識をそれなりに持っているからいえることであるのかもしれないけれど、それならばモーツァルトの肖像を見て、彼が美しいメロディーをたくさん残したこと、または少々享楽家であったことが、なるほど、そうだったのかな……とイメージを重ね合わせることができてもよさそうなものなのに、あの少々すましたような顔を見ていても、これがモーツァルトであることの根拠、その人間性とか音楽をうかがうことのできる要素、モーツァルトらしさがあまりにも(なんだか)少ないような気がするのです。 天才モーツァルト、その音楽は美しくて優しい………生誕250年の年は、ウィーンでもモーツァルトに関する様々なイベントがありました。

 

さすが本場、実にたくさんの演奏会があり、モーツァルト週間、というものもあって、彼の手紙を読みながらその時期に書かれた曲を演奏するとか、彼の音楽が及ぼした影響を検討する会とか、またはその曲を現代風に様々にアレンジしてクラシックというジャンルを超えたコンサート企画とか、そのほかにも個人の演奏会においても、ほんとうにいろいろな角度からもう一度モーツァルトの音楽を楽しもうという皆の気持ちが現われるような企画が目白押しで、やはりモーツァルトはオーストリアの人にとっては国の誇りなんだ……と認識させられた年だったように思います。

 

私も何を隠そう、留学先をウィーンに決めたのはモーツァルトが好きだったから……というのが大きな理由になったほど昔から変わらぬモーツァルト・ファンの一人で、生誕250年は大いに楽しませてもらい、やはりモーツァルトはすごい!いまだにこんなに人気者なんて!とファンとしては大いに満足しており、ですからモーツァルトに関してケチをつけるつもりなど毛頭なく、むしろこの原稿を書いていてもなんだか好きな人について話すような、なんだか面映いような心持ちがしています……。

 

ともかくなにがどうであろうとモーツァルトはすごいんだ!というのが、私のモーツァルトに対する唯一絶対の意見で、もうすでに彼の音楽についてたくさんのことが語られ、たくさんの賛辞が贈られている中で、私がそれ以上になにか言う余地などどこにもない、と思いつつただ一つだけ、私がその肖像画を見ながらその音楽を想ったとき、そのイメージのギャップを感じさせる理由とは、もしかしたらモーツァルトの音楽が美しくて優しい……という認識が少し違っていて、もっと複雑で言葉で表わすことが困難な、たとえばほんとうにつらくて悲しいことは、むしろ陽気にしか伝えられないような、そんな逆説的な要素とか、今、目に見えているものの中に真実など一つもないかもしれない、そんな不安な要素とか、様々な成分を、その美しいといわれているメロディーは含んでいて、そんな不可思議な部分こそあのとらえどころのない肖像画が示すモーツァルトという人、そしてその音楽の象徴なのかもしれない……そんなことを考えながら、もう一度モーツァルトクーゲルンを食べてみたのだけれど、やはりおいしいとは思えず、でもやはりモーツァルトはすごい!と思う気持ちはますます強く、いつの日か、モーツァルトの音楽を素晴らしい演奏で奏でられればいいなと……と夢見ています。

 

プロフィール

横浜に生まれる。

4歳より鈴木メソッドでヴァイオリンを始める。

第10回神奈川音楽コンクール小学生の部最優秀賞。第48回、第50回全日本学生音楽コンクール入賞。11歳で神奈川フィルハーモニー管弦楽団と最年少共演、13歳で神奈川県立音楽堂推薦音楽会、最年少出演など10代始めより演奏活動のキャリアをつむ。

 

横浜国立大附属小・中学校を経て、桐朋女子高等学校音楽科卒業後、奨学金を得てウィーンに留学、ウィーン国立音楽大学演奏科にて研鑽を積む。

 

2003年、ウィーン、日本において初ソロリサイタル開催。好評を博し、以後ウィーン、ドイツ、イタリア、イギリス、日本を始めヨーロッパ各地で演奏活動を行っている。

 

日本においては特に毎年、横浜みなとみらいホールで行っているソロリサイタルは高い評価を受け、昨年10周年をを迎えた。他、ウィーンのヴェーゼンドルファーホールなど数々のホールでリサイタルを開催、2006年ウィーン国立音楽大学より表彰される。

 

2008年ドイツで行なった演奏ツアーは批評家より絶賛をあび、新聞にて特集を組まれる。又、数々のソロ及び室内楽のコンクールに入賞。

 

2006年、ウィーン国立音楽大学演奏科を首席で卒業。現在、ロンドンを拠点に、ヨーロッパ、日本にてソロ及び室内楽で活躍中。

 

ヨーロッパの様々なオーケストラのメンバーとしても活動、また後進の指導にもあたっている他、執筆活動も行っている。また、「もっと身近にヴァイオリンの音色を聴いてもらえれば」との思いから企画された、ジャズライヴハウス等でのライヴコンサートも好評を得、絵画とのコラボレーションライヴなどコンサートホール以外の様々な場所での幅広い演奏活動を展開している。

 

牧野郁子、水野佐知香、海野義雄、加藤知子、ゲルハルト・ボッセ、エドワルド・チェンコフスキ、ドーラ・シュバルツベルグ、レムス・アゾイティの各氏に師事。

 

5月7日には、Ito Kanoh Live Concertが、渋谷のJZ Brat SOUND OF TOKYOで行なわれる。

Violin:加納伊都 Piano:近藤紗織

http://itokanoh.com/index.html

© 2014 by アッコルド出版

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