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第62回ミュンヘンARD国際音楽コンクールも残すところヴァイオリンの本選のみ。オクトーバーフェストはあと1週間とちょっと先だけど、若い音楽家や審査員、スタッフの間には祭りの後の疲労感も流れる、曇り空の日曜の昼過ぎだ。

 

さて、昨晩に最終結果が出たピアノ三重奏についてご報告する前に、弦楽器目白押しの今年のもう一つの目玉、ヴィオラ部門についてご報告しておかねば。筆者の関心からどうしてもピアノ三重奏が見物の中心だった今回の滞在、ヴィオラとトリオはセッションが猛烈にバッティングしており、1次及び2次の予選は全く見物出来ず。それどころか、セミファイナルもトリオの2次予選と同じ時間なので、もう諦めるしかなかった。なんとかファイナルだけは見物出来たものの、ここに至る流れは何ひとつ判らぬ。ああ、こういう結果なんだなぁ、としか言いようがない。悪しからず。

 

ミュンヘンのヴィオラと言えば、20世紀の終わり頃にはまるで日本の女流奏者の登竜門だったジャンルである。過去12回開催されたうち、1967年の今井信子を筆頭に、89年の小林秀子(筆者とすればどうしても、ソナーレQのヴィオラ、と言いたくなるが)、97年にバシュメット以来の第1位となった清水直子と、3人も最高位を出しているのだから、女子マラソンと並ぶ日本のお家芸と言われても嘘とは言えまい。公式プログラムに挙がる過去30名の入賞者リストの中に、Japanという国名表記がなんと8つもある(ヴァイオリンの過去の日本人入賞者は6人、ファゴットやピアノトリオには日本の欠片もない)。特に今井信子がカザルスホールを拠点にヴィオラ・スペースを開始、本格的に教育活動に乗り出した90年代は、いったい何人の参加者を送り込み何人の入賞者を出したのだろう。

 

この数年のミュンヘン大会の特徴に、韓国人参加者の多さが揚げられよう。昨年の声楽、今年のヴァイオリン及びヴィオラ部門ではその傾向が際立って顕著で、プレス席に座る筆者はギャラリーから盛んに「韓国の方ですか」と尋ねられた。いや東京から、と返事をすると、どうして韓国からはこんなに沢山参加するのだ、人口はどれくらいなんだ、とあれやこれや尋ねられたことも一度では済まぬ。

 

なにしろ54名が参加を許されたヴィオラでは、実際に参加したのは48名中で韓国人が8名(ミュンヘン音楽院で学ぶノーヴスQのヴィオラ奏者スングォン・リも参加、セミファイナルまで至った)。スゴイのはそこから先で、2次以降の生き残り率が極めて高いのである。本選にも韓国人と韓国系アメリカ人が駒を進めている。こうなると、なんでソウルの同業者にここで顔を合わせないのかが不思議な程だ。中央日報も朝鮮日報も、音楽記者を特派員に出す価値は充分にあると思うのだが。ちなみにこのジャンル、未だに日本からの参加も多いし、このところ海外コンクールでの勢いが下火になりつつある中国や台湾勢も目立つ。ともかく猛烈にアジア系、それも女性が多いジャンルなのだ。韓国陣参加者が多い理由は説明出来なくもないが、長くなるのでまたいずれ。来月にソウルを訪れる予定なので、そのときにでもコラムに記すことにしよう。

 

とにもかくにも、一昨日金曜日にヘラクレスザールで開催されたヴィオラの本選の結果について。このコンクール、本選になるとやっと会場入口で手渡されるプログラムを印刷された用紙の裏に、出演者の経歴が印刷されるようになる。最初に登場し、バイエルン押送響とウォルトンを弾いたポーランドのカタルズィーナ・ブディンク・ガラツカは、故郷とドイツを中心に学び、既にキャリアを始めている女流。派手さはないものの堅実な音楽で、ひたすら内面的なウォルトンをひたすら真面目に奏でる。

 

続く韓国出身のユラ・リーは、舞台に登場した瞬間に、「あれぇ、この人、どっかで見たぞ」と思った。そう、00年代にニューヨークやボストンではヴァイオリニストとして将来を期待されていた逸材で、日本にも何度か訪れているのでご存じの方もいらっしゃろう。筆者とすれば、前々回のバンフ・コンクールで個人的には優勝したティンアレーQよりも印象深かったコーリョーQのヴァイオリニスト(あの頃はまだヴィオラではなかったように記憶しているのだが、手元に資料がない)として記憶している音楽家だ。ヴァイオリンとしての充分以上のキャリアを持つ人材がヴィオラに持ち替え、こんな大舞台のファイナルにまで進出してくるなど、ありそうであまり例がないかも。バルトークの協奏曲で広い音域にタップリした音を振りまくのは、ヴァイオリンを良く知る人だけに、逆にヴィオラの特性を徹底的に生かそうとする姿勢の表れか。第2楽章の叙情の表現力は圧倒的で、筆者は聴衆賞を投じさせていただいた。

 

最後に登場したのはもうひとりの韓国人キョンミン・パク。故郷とベルリンで学ぶ女性で、ヴィオラを大きなヴァイオリンのようにひたすら綺麗に、繊細に鳴らす。地味なウォルトンの協奏曲から可能な限りの旋律を拾いまくり、少しでも耳に優しく聴かせようとする音楽に聴衆は大喝采。

 

さて結果は、ユラ・リーが優勝となった。聴衆賞を獲得したパクが第2位で、ガラツカが第3位。本選のみを聴く限り、極めて順当な結論に思える。なお、会場で顔を合わせたヘンシェルQ支援NPOの会長を務めるアマチュア・ヴィオラ奏者のご隠居の言に拠れば、第2次予選で姿を消した韓国の青年が素晴らしかったと繰り返していた。ミュンヘンのような巨大大会だと忘れそうになる、聴衆それぞれに才能を見出すのがコンクールだという基本的事実を、あらためて思い出させてもらった次第。

 

 

稿が長くなってしまった。昨晩のピアノ三重奏の本選については事実関係のみを手短に。結果から言えば、結果発表でプレスラー御大が舞台上からなさった発言に尽きている。曰く、「シューベルトは難しい。今回は優勝に値する演奏がなかった。」ヘンツェの若い頃のトリオとシューベルトの変ロ長調が演奏されたこのステージについては、筆者もプレスラー御大に全面的に賛同する。ピアノがメインに加わるアンサンブルでの急な転調でどのように弦楽器が音程を取っていくか、長大な旋律線をピアノと弦でどのように分け合っていくか、共にキャリアを始めている両団体(ファン・バーレル・トリオは、ヴィーンやパリのホールが共同で主催する「ライジング・スター・シリーズ」で既にツアーを行なっている)をもってしても課題は多かった。

 

そんなわけで、トリオ・カレーニナに委嘱新作演奏賞、ファン・バーレル・トリオに聴衆賞が与えられ、両者が2位を分けることとなった。ピアノ三重奏をスターの集まりでなく、本当の室内楽として聴かせることの難しさを思い知らされる結果である。終演後、ことによると入賞皆無という非常事態もあり得ると感じていた筆者とすれば、大いに胸をなで下ろすところである。

 

ただ、ひとつ残念なのは、参加団体中唯一ヴィーンの味を弓で表現で来ていた白井圭のシュテファン・ツヴァイク・トリオのシューベルトが聴けなかったこと。この団体が本選に出場していれば、結果はともかく、土曜日の午後の時間がもう少し気持ち良く過ごせただろうに。

アントニオ・メンデツ指揮バイエルン放送響をバックに深みのあるバルトークを披露、見事優勝したユナ・リー。ヴァイオリン時代とちょっとイメチェンか。

本選悲喜交々 ヴィオラ部門 & ピアノ三重奏部門

音楽ジャーナリスト 渡辺和

ミュンヘン便り(その5

ミュンヘン国際音楽コンクール

Internationalen Musikwettbewerbs der ARD München

© 2014 by アッコルド出版

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