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​コンクール入賞から10年

月に1度行なわれる、東京文化会館主催の「モーニングコンサート」は、毎年同会館で行なわれている東京音楽コンクールの入賞者が出演する。そういったこともあってか、平日の午前11時にも関わらず、会場には近隣住民、演奏家の友人たち、そして音楽関係者の姿も見受けられる。



第70回を迎えた5月14日は、ヴァイオリンの小林朋子がヘンデルのヴァイオリン・ソナタ第4番、サン=サーンスの序奏とロンド・カプリチオーソ、フランクのヴァイオリン・ソナタを演奏していた。作曲家ごとに見事にキャラクターを弾き分け、春から夏に向かう爽やかな気候にぴったりの演奏を展開してくれた。



小林が東京音楽コンクールで第2位を受賞したのは、2003年の第1回コンクール。モーニングコンサートは今回が初出演というから、10年近く経ってからの公演である。その理由の一つには、受賞直後に小林自身がドイツへ留学したこともあるだろうが、それだけでは無いことを感じさせるワンシーンが演奏会で見られた。



ヘンデルのソナタが終わった後、小林は舞台上でマイクを持って話し始めた。クラシックに馴染みの無い聴衆に、曲の聴きどころを紹介するのは昨今珍しくなくなった光景。演奏家の語る「曲の魅力」は聴き手に想像力の翼を与える。それに加え小林は共演者であるピアノの今井彩子の事を紹介しながらこうも語る。



「ヴァイオリン・ソナタはヴァイオリンの独奏曲のように思われてしまうこともありますが、ヴァイオリンとピアノという2つの楽器のための曲なんです。もう6年間も一緒にデュオを続けている今井さんとは、多くの曲に取り組んできました。今日の曲もピアノの魅力的なメロディーや、ヴァイオリンとの掛け合いなどありますので、2つの楽器の対話を楽しみながら聴いてください。」



ソナタに際して、ヴァイオリンとその伴奏の為のピアノではなく、対等に意識された2つの楽器として取り組む。二重奏という(熟成に時間のかかる)室内楽の形態に熱意を注いだからこそ、到達できた場所で迎えた演奏会だったのだろう。この二人はすでにDuo Linus(デュオ・リノス)という名前で活動を行なう室内楽奏者、とのことなので、小林にとってはヴァイオリンのリサイタルというよりは、ヴァイオリンとピアノとのデュオ・リサイタル意識もあったのかもしれない。



Duo Linus結成の経緯

 

学年は1つしか違わない小林と今井は、出身である桐朋学園大学で、意外にも距離は近くはなかった(附属高校から含めて6年のあいだに、一度も共演機会が無かったというから驚きだ)。



卒業後も2人とも海外へ更なる研鑽を目指しベルリン芸大へ入学するも、そこでもしばらくは別々の音楽に取り組んでいた。ベルリン芸大ではヴァイオリンとピアノは校舎も離れているので、当然のことながらすれ違うことすら珍しい日々。



そんな彼女たちがデュオを組むようになったのは2007年。今井の師事していた先生による企画の演奏会だった。ピアノ独奏とは別の形に魅力を感じていた今井は、東京でも同窓の小林とラヴェルのヴァイオリン・ソナタを演奏することになり、それが今に続く知己を得るきっかけとなった。音楽的にも友人としても気の置けない仲となった二人は、ヨーロッパの講習会や演奏会などで共演を重ねて、デュオとしてのレパートリーを増やしていった。



小林がドイツ国家演奏家資格を取得した2010年春に、今井も母校である桐朋学園に職を得て日本へ帰国。デュオとしての演奏機会を求めて、その秋から開講するサントリーホール室内楽アカデミーに応募し、厳しいオーディションを経てアカデミーフェローとなった。



演奏家としての意識


室内楽アカデミーの2年間の在籍期間では多くのことを多角的に学んだと語る。



「月に1回のワークショップ(研修会)では、指導者や多くの同じ受講生の前で演奏しなければいけないので、中途半端なレベルでは持っていけません。しっかりと準備します。学校を卒業した後もそのようなサイクルがあることが、演奏技術の維持・向上につながりました。」



また、室内楽の世界で先達として生きる指導者陣と接することで、演奏家としての意識にも変化があったという。


誰でも経る期間であるが、学生時代は取り組むべき課題に対して『受け身』になりがちだ。取り組んでいる曲も、勉強として先生から言われたように「上手く」弾くことに偏りがちで、その音楽の深みにある芸術や、その音楽が聴き手にどのように伝わるかを真剣に考えるに至らないことがある。



室内楽アカデミーでは特にこの姿勢において、「自分がどんな音楽をしたいのか」、「その為にはどのように演奏したら良いのか」、「それが聴き手に本当に伝わるには、どうすれば良いのか」を考えさせられた。そこでは言われた通りに弾いてみるという『受動的』な行為にとどまらない、音楽という芸術への『能動的』な思慮や演奏が求められた。またそのためには、目的を共有する為のツールとして、考えたことを相手に分かるように言語化するプロセスも含まれる。



演奏家同士、または演奏家と聴き手との間で双方向に行なわれるコミュニケーション(対話)に積極的に取り組む姿勢をアカデミーで学んだ。

ここで二人は、新たなレパートリーの開拓だけでなく、既存のレパートリーの見直しも図り、二重奏という室内楽の演奏家として成長した。そしてサントリーホールが初夏に開催する室内楽の祭典「チェンバーミュージック・ガーデン」のフィナーレコンサートに、アカデミー選抜アンサンブル<Duo Linus>として出演するに至った。



アカデミー修了後も各地で共演を重ね、そして東京文化会館の10年越しの舞台に、満を持して二人で臨んだ。その演奏は、ただの若手から脱皮した音楽のアプローチを感じさせた。


終演後のロビーで二人を囲む聴衆を見れば、この演奏会で二人の音楽が聴き手の心を揺り動かしたのは一目瞭然だろう。朗らかな顔をして二人を称える人々は、将来もこの二重奏のファンになる。

室内楽が根付きにくいといわれる日本であるが、自身のヴァイオリンの演奏会で敢えて「ヴァイオリン・ソナタは二重奏」と取り組む演奏家がいる。この二人にエールと期待を送りたい。

最近の若い人たちは、・・・室内楽をがんばる! その1
Duo Linus 〜デュオ・リノス〜 <小林朋子(Vn)、今井彩子(Pf)>

小林朋子

今井彩子

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